第3章:飽食の街

1話:プール付きスイートルーム

 水色の小さなハチドリ魔人がしたことは、ただひとつ。昔の教師の脳みその中に、ほめ言葉をささやいただけだった。

 誰が悪かったの?

 何が問題だったの?

 あたしが思うに、思い込みは良くないってこと。

 黒人のリズム感はバッチリで、身体能力もバツグンだって、あたしたち思いがちでしょ?

 実際は白人だって黄色人種だってドラム叩くし、優秀なアスリートもたくさんいる。

 そういうことよ。





 あたしたちはマールの街をあとにして、さらに進んだ。まだまだ人間の世界を旅しないといけなくて、東パステルを出て次の国に入ります。

 この国、普通の人にとってはいい旅行先で楽しいところだよ。でも、あたしはイヤな思い出がある。

 ここを通るのが魔界の入り口への最短ルートなので、仕方がないわけです。

 

 丘から遠目にした時には、ミランダにはそれが何かのオモチャみたいに見えたことだろう。

 けれど、街が近づくにつれてよく分かってきたようだ。彼女は青い眼を見ひらいて立ちつくす。


「これがすべて人の住む建物なのですか?」


 地上30階、40階、50階……。

 高層ビルの群れ。

 キラキラ光る細長い面を、みな競い合うように上に伸ばしている。

 ここはシャングリラ・シティー。シャングリラ王国の首都。

 いや、こちらの人間世界全体の首都といってもいい。


 箱入り娘の姫さまは、街を実際に目にしてブッたまげたに違いない。

 西パステルで一番高い建物は21階建ての姫さまのお城だから、レベルが違う。

 しかもここは街じゅうがノッポのビルばかり。

 あたしの世界でいえば、新宿西口や中東ドバイの高層ビル群が10倍の規模に広がった感じ。


「なぜ、みんな同じところに住んでいるのでしょう。この街がそれだけ魅力的なのですか?」

 

 そう。

 いたるところに商売の成功のタネが転がってるから、ひと旗あげようと世界中からやってくる。

 成功すれば、世界一の生活水準を享受できる。

 シャングリラの経済は世界一。

 人を引きつける場所ね。


 もちろん軍事力もスゴイんだけど、残念ながら魔王に銃や爆弾は通用しない。

 あいつは剣と魔法でしか倒せないからね。

 でも、魔王はこの国の驚異になっていない。

 あいつに十分なみつぎ物をしているかぎり、国は安泰なの。

 

 あたしたちは街の中心まで電車で移動した。

 電気で動く長くて騒がしい乗り物を、ミランダは初めて体験した。ベール越しに青い眼をキョロキョロさせる王女は最高にカワイかった。

 あたしの隣にちょこんと座る、いい香りのする女の子。白い妖精のようなこの子を、勇者ユーイの身体がいつか襲ってしまうんじゃないかと、あたしは心配だった。初対面では、そうなっちゃいそうだったし。


 せっかくだから超高層のホテルにステイすることにした。チェックインしようとカウンター前に立つやいなや、フロントの女が笑顔でいう。


「ミランダ王女さまと勇者ユーイさま、お待ちいたしておりました」


 顔も身分も隠しているつもりのミランダは、身体を硬直させた。

 そんなこともあるだろうと思っていたから、あたしは驚かなかった。王女と勇者が西パステルを出国した時点で、シャングリラが情報を入手していてもおかしくない。

 ちょっと面倒なことになるかもねえ。どうやって王女さまを守ろうかなあ。

 と思案しつつ、あたしたちは最上階のスイートルームに案内された。

 

 ほんの数秒で67Fまで登るスイート専用エレベーターは、ミランダの口をポッカリとあいたままにさせた。

 エレベーターの扉が開くと、そこはもう部屋だった。

 しかもただのスイートではなく、最上級スイートルームだった。

 だだっ広い部屋が7つもあって、ロフトもあって、バスルームは3つ! トイレも3つ! 

 ホテル屋上のプライベートプールに上がれる階段があり、はしゃぐ王女は見に行った。あたしは高所恐怖症ぎみなので遠慮した。


「すごいです! 雲の上から見下ろす温水プールです! どうしましょう!」


 笑みをはじけさせて、あたしに報告するミランダ。両手を豊かな胸の前で合わせ、もうガマンできないといった様子で腰をくねらせる。

 あたしにそういうの見せつけると、ほんと危ないよ、あんた。


「水着は持ってきていませんが、泳がないわけにはいきません!」


 競泳の国内記録を持ってたほど、あんたは水遊びが大好きなんだよね。

 あたしにかまわず、どうぞ。

 真っ裸になってもいいけど、あたしに見せないでね、たのむよ。

 などと思っていると、唐突に男の声がした。


『姫さま、勇者どの、わがシャングリラにお越しいただき光栄です』


 天井のスピーカーだ。

 あたしは声の主を知っている。

 シャングリラの第1王子。

 女好き。

 頭が切れる。

 冷酷。

 何をやっても罰せられることがない。

 やっかいなのは、女よりもさらにカネが好き。

 権力が好き。


 あたしはひどい目にあった。



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