3話:おいしい赤ワインリゾット
宿の宿泊料金は、相場の倍だった。ボロい作りのラブホのくせに。
イヤなら他にいってくれ、といわんばかりのオバサンにはマジでムカついた。ふん、払ってやるよ、いまあたしは金持ちなんだよ。
部屋に入るなり、あたしたちは交互にシャワーを浴びた。いい香りがする木のバスタブがあったが、湯船でくつろぐのは寝る前にしようと話し合った。泡が作れる入浴剤を見つけて、あたしは元カレを思い出した。あいつとよく泡で遊んだっけ。
ミランダが髪を乾かし終えてから、あたしたちはそろって円形ベッドの上に乗った。もちろん、イチャつくためじゃない。
広げた地図をはさんで、顔をつき合わせる。
「このマールの街には、情報屋さんが何人かいるそうです。この酒場によく出現すると」
地図の一点を指さすミランダから、石けんの香りがする。
「なにかいいお話を聞けるといいのですが。でもその前に、わたくしたちの食事はここでとるのはいかがでしょう。西のお城で働いていた者が、こちらに里帰りして開いたお店です。料理の腕は確かですが、お客はいつもまばらのようです」
美味しそう。しばらく高級ディナー食ってないから、期待大。
ただ、店員にもシェフにも顔を見られないようにしなきゃね。
「ユーイさまは、苦手な食べ物はおありですか?」
あー、そりゃあもう、イカとタコがダメ。煮魚も好きじゃないなあ。ハマチみたいな白身のコッテリ刺身も勘弁してね。あとモツとかレバーとか内臓系が食べらんないし、パクチーとかも——
「嫌いなものは全くない」
え、ええー? ここで身体が脳みそを裏切る?
ちょっと!
このラブホベッドで寝る時にヘンなことになっちゃったら、ちょー面倒くさいんだけど、大丈夫?
会議を早めに切り上げて、飢えたふたりは食を求めて外出した。
元王室付き料理人の店は、清潔で静かでシャレていて、上級デートなんかにはもってこいのレストランだった。
ブロンドの髪を隠し、黒いベールから出ているのは口だけという完全防備のミランダだったが、かもし出すオーラまでは消せない。こんな女の子とステキな店でディナーだなんて、女のあたしでもちょっとウキウキした。
料理のほうは、さすがロイヤル級の技、メチャ美味しかった。それぞれの素材が生かされてハッキリとしたお味は、あたしの世界でいえばイタリアンに似てるかな。イカ墨もレバーパテも出たけど、するする胃の中に入って、あたしはデザートまで2人分完食。勇者ユーイは食欲ハンパないね。
ミランダが頼んだうちのひと品は、メニューに載っていなかった。その皿は、老シェフ自らが運んでくれた。
「お召し上がりください。いつもお作りしていた『赤ワインリゾット』です」
髪や顔が覆われていても、大の好物を注文した王女を彼は見間違えはしなかった。
「姫さま。たいへんご無沙汰しておりました。お元気そうでなによりです」
「あなたも、まったく年齢を感じさせませんね。お料理は素晴らしい品ばかりです。お城にいるころより、もしや腕を上げたのでは?」
しばらくふたりは話を弾ませた。他に客はいなかったから、遠慮することもなかった。リゾットが冷めてしまうとあたしは気をもんだけど、「そのほうが引き締まって美味しいのです。あら、シェフは不満かしら?」だそうだ。
「でも、あなたの看板料理のひとつである『赤ワインリゾット』がメニューにないのは、なぜですか?」
ミランダの当然の疑問に、シェフは寂しそうな目をした。
「西パステル産のグランクリュ赤ワインをふんだんに使うのが、この品の神髄なのですが、昨今の『反西』の風潮では……」
ちょっとでも「西」というと反感を買うのだという。西のもの、西の文化は排斥されて肩身が狭いらしい。
店に閑古鳥が鳴いているのも、シェフが西パステルの城で働いていたからなのだろう。
「しかし、ここ最近の反西感情の増大は異常なのです」
シェフは声を低く抑えた。
「極端な憎悪が広まっています。まるで伝染病のように」
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