2話:それ、ありがちよね!
森に初夏をもたらしているものは、太陽とうりふたつの星が放つ恵みの光線。
新緑をまとう木々の香りが、あたしの鼻と口から入ってくる。
肺の奥深くまで洗われる気がする。
ミランダは昼過ぎくらいに起床した。
あたしは何度も目を覚まして彼女の寝息を確かめたけれど、ずっとぐっすり寝ていたのには、ちょっとビックリ。意外と肝っ玉が座っているのかも。
あたしたちは近くの湧き水で顔を洗い、歯を磨き、ブランチをとった。
といっても、口に入れたのは滋養強壮のティコの実をひと粒だけ。
靴ひもを締めながら、あたしはいう。
「体調は」
「おかげさまで、良好です。ありがとうございます」
元気な声が返った。
「腹は」
「食べずとも大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「街で湯浴びするか」
「ご配慮、痛み入ります」
彼女の青い瞳がくりっとしてかわいい。白い頬に木漏れ日が踊っている。
気高い王家の魔道士は、妖精の女王のようにも見えた。
「ユーイさまとご一緒できて、わたくしは幸せです」
彼女はちょっとだけ首を傾け、笑みを浮かべる。
限りなく透明なこの女の子を好きになったのは、この時だったかもしれない。
なにもいわず、あたしは立ち上がって歩き始めた。ミランダはあたしの背を追った。
森が切れると、すぐ人里だった。街の名は「マール」。西パステルシティの隣の街なのだが、じつは違う国の領土だ。森の中に国境があり、あたしたちは夜のうちに出入国手続きをしていた。
ここは東パステル国なのだった。
「あまり良好な関係を築けていません。人の見かけは同じなのに、考え方も文化もたいへん異なります。だからといって、仲良く出来ないはずはないのですが」
遠い異国風の黒いベールで、ミランダは顔をおおっている。隣国の王女であることは絶対に悟られちゃいけないし、美貌も隠し通したい。
ややハデな色使いの街並み。いたるところに掲げられた巨大企業の看板。ところかまわず声の大きい人びと。
そんな中を何くわぬ顔で進むあたしたち。
大通りに近づくと、横の方から大勢の声が聞こえた。デモ隊の行進のようだ。
やり過ごそう、とあたしたちはアイコンタクトを取り、しばらく下がって待った。
「西パステルは弁償しろ!」
「弁償しろ!」
「犠牲者に賠償しろ!」
「賠償しろ!」
「西パステル国王は謝れ!」
「謝れ!」
「判決に従え!」
「従え!」
あら、お国の名前が連呼されちゃってるよ、どうする、王女さま? と、ふり返ると、顔のベールを通してミランダの潤んだ眼が見えた。
また泣き虫が出た? 握った手がちょっと震えてる。
うーむ、ここは抱きしめ作戦ね。
万が一にも抗議に飛び出したりしないように、あたしは肩を抱き寄せた。固いこぶしをそっと包んで下に下ろす。
「落ち着け」
うつむいたミランダの身体から、力が抜けた。
「申しわけございません、ユーイさま。人びとの怒りがこれほどまでとは、予想しておりませんでした」
先々代の国王の時代に、両国の間で
西パステルの企業が東パステルの出稼ぎ労働者を不当に働かせたとされ、問題になったらしい。
当時の国王や、次の国王、そしてミランダの父親の現国王は足しげく訪問して謝罪をし、東パステル国政府に援助をしてきた。
けれど、そのことが国民にはあまり知らされていないという。
そして近年になって、東の国民の西への反感が大きく膨れあがっているらしい。
「父上は、もう城の外へ出ることは叶わないのです」
現国王はついにベッドから起き上がれなくなった。いまいちど隣国におもむいて詫びたいと願っていた矢先。
まあ、こういうトラブル、ありがちよね。あたしの世界でもバッチリ起こってる。
デモ隊が通り過ぎてから、あたしたちは近くの宿に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます