最終話:旅立ちの前夜に燃える
「まあ、お兄さま!」
なぜここにいらっしゃるの? と王子に駆け寄るミランダ王女。そんなにお苦しいの、どうしましょう、とオロオロする。
ソニックブームから変な音波が漏れたら超ウルサイに決まってるでしょ。お兄さま頭が割れそうだったと思うわ。あんたのせいよ。
けど、ソニックブームって技は本来はこんなじゃないよね。
この子、普通の魔道士とは違う感じで面白い。ひょっとして化ける?
ともあれ、キズ治るの早いね。身体に軟膏ガーゼを貼っていないのが、ローブの上からもわかる。
ヤケドって軽くてもバカにできない。面積が重要。
身体の半分以上に受傷しちゃった広範囲熱傷の場合は、最初は元気にしゃべってるんだけど、3日目くらいから急変して、そのまま亡くなったりする。
冷却して、洗浄して、輸液して、抗生剤使って、皮膚移植して、人工皮膚も貼って、出来ること全部やっても……、いちど悪いほうに転ぶと悲しい結果になることが多い。
ちゃんと治って、ほんとによかった。
さあ、シグナル王子を介抱しなきゃね。
ツカツカと王子のほうへ進んだあたしは、ちょうどぶっ倒れようとしている王子を床の寸前で抱きとめた。そのままお姫さま抱っこでスックと立ち上がる。
「この人の鼓膜は縫合したほうがいい。スキマが残るなら筋膜移植だが、まず大丈夫だ。耳小骨のチェックを忘れるな」
これは横芝先生のセリフそのまんま。救急外来で1年働いててよかった!
けれども、王女は聞いているのか、いないのか、あたしの目に視線を合わせたまま険しい顔だ。
なによ、なんか文句ある?
ミランダ王女は意を決した様子で口をひらいた。
「召喚の時も、たったいまも、勇者さまのご指示は完璧です。わたくしは医師ですから理解しております」
医者なのね!
「勇者さまは、常人の3倍の重さがあるお兄さまを、なんの苦もなくお運びになります。わたくしの稚拙な技にも、お耳はビクともしません。知と力を高く両立なさる勇者さまに実体化いただき、この上ない喜びを感じております」
王女は胸にそっと手を当てる。
「さらにはこの命をお救いいただき、深く深く感謝いたします」
ゴメンね、そもそもあたしのせい。
それより驚きは王子の体重だね。ちょっと重いなとは思ったけど、3倍あるんだ。さぞかしたくさんの機械が身体に埋め込まれてるんだね。
そうか。
つまりこれは、あなたのお兄さまがいかに勇敢で諦めない人物で、またいかに周囲から生かされて戦いから戻ってきたか、ってこと。
強いだけじゃなく、愛されている人物。
あたしの金髪イケメン王子が、この西パステル国そのものであるということが、よくわかったわ。
明るい部屋であらためて目の前にすると、ミランダ王女の美貌は非現実的かつ非の打ち所がない。
まるで美人アニメキャラの頂点のようだ。
その白い頬は、すでにピンク色に染まっている。
この子が次にどんな言葉を発するか、あたしにはわかる。
王女は両ひざをつき、床に両手のひらを重ね、低く低く頭を下げた。
「わたくしの全てはユーイさまのもの。どこまでもお供いたします。魔界の地獄の向こうまでも」
そうね。
惚れられちゃったら仕方ないわね。
こうべを垂れたミランダを不思議に愛おしく感じながら、あたしは今まででいちばん無愛想につぶやいた。
「覚悟しろ」
努力と熱意と真面目さの化身のようなあんたを、あたしがとことん鍛え上げてやるよ。
第1章:召還された、あたし 〜おわり
第2章:ウィルスの街 〜へつづく
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