5話:使者がノゾキ見?

 西パステルは周辺でいちばん貧しい国らしい。

 水ハケはいいけど養分が少ないという土地ばかりで、ワイン用のブドウしか実らない。エサにする穀物も作れないから家畜も育たない。雨も少ないときて、もう泣きっツラにハチ。

 魚は獲れるかというと、完璧に海ナシの国。


 特産品のワインだけじゃ国力は上がらず、以前は周囲の国から脅されたり、イヤガラセされたりが多かったらしい。

 そこで西パステル国、「なにクソ!」と頑張ったのでしょう。教育、芸術、医療、工学、科学技術などなど、やたらと文化が発達してそちらで優秀な国になったのはエラい。


 武道も優れていたらしいんだけど、たくさんいた人材は、魔族と闘ってみんなあの世へ行ってしまったみたい。

 これがいちばん辛いよね。どこの国でも、勇者を呼べないとこうなってしまうのよ。

 で、国民の大きな期待を背負ったミランダ王女は、勇者を召喚しようと頑張った。しかし、失敗ばっかりだった。

 彼女が感じたプレッシャーは、ぜったい他人にはわからない。


 いろんなことを万感の思いでふり返るシグナル王子は、ここへ来て泣き虫になっているようだ。

 いいと思うよ、あたしは。てか、かなり好きかな。

 死んでいった部下や親友たちや、辛かった妹をねぎらうあなたの涙は尊い。


 だけどね。

 王子が落ち着いてから、あたしはハッキリいうつもりだった。経験がある魔道士じゃなきゃダメだと。あと、他のメンバーもいい人そろえてちょうだいと。これはゆずれないよと。


 とはいえ、愛しい人の美しい涙に見とれちゃったあたし。憮然とした勇者ユーイのツラの裏側で、思いっきりハートマークが飛び交う状況なのでした。

 つまり、マヌケなことに自分の背後がおろそかになっていた。

 

 気持ち悪い気配を感じて、あたしは窓をふり返る。

 外に黒いものがあった。

 逆さの顔だった。

 ここは21階建ての城の19階。

 夜風が涼しく入り込む。

 この部屋の中をずっとノゾいていられるヤツといえば。

 ビー玉のような黒い眼、大きな鼻の穴、キバがふたつ。

 あたしは知っていた。

 魔界の使者、コウモリ魔人。


「ゴキゲン、ヨウ、勇者」


 剣を抜こうとした王子を、あたしは制した。こいつは切っても意味がない。何匹かのコウモリが正気に戻って飛んでいくだけ。


「オマエヲ、オ待チダ、勇者」


「誰が?」


 しらばっくれる勇者ユーイの口もとは、さぞかし不敵にニヤけていたことだろう。

 もちろん答えはわかっていた。

 あたしのとてつもない召還の炎を、あいつが察知していないはずはない。


「ワレラガ、ヌシ、魔王サマガ、オ待チダ」


「ふん。急いで行っても半年かかる」


 頼むから退屈で死んだりしないでほしいな、といおうとした瞬間、大きな音を立てて扉がひらいた。

 よく通る声が響く。

 

「魔人! 食らいなさいっ!」


 王女が仁王立ちしていた。

 突き出した両手にエネルギーがたまっていく。

 ああ、このみょうな感じは、ヤバイかも。

 一応あたしは両耳をふさぐ。

 あ、それより王子の鼓膜を守らないとだわ!

 あたしの手は自分の頭を離れて彼へ——


 という途中でドンと振動があり、あたしと王子のあいだを集中衝撃波フォーカル・ソニックブームが通り過ぎた。

 ぶち当たったコウモリ魔人の顔は恐怖にゆがむ間もなく霧散した。

 あわれなコウモリたちは、正気に戻ることなく気を失って落ちていった。

 だいじょうぶかな、こんな高いところから。どうか途中で目を覚ましてね。


「勇者さま、お怪我はありませんか! 魔人はわたくしが退治いたしました!」


 してやったりという顔の女。

 あのさ、あたしはなぜか平気なんだけど、お兄さんが大変だよ。

 アゴをふって、そこに王子がいることを知らせた。耳を押さえて天井をあおぐ美男子は、めまいでフラフラだ。




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