4話:泣きむし王子に恋

 あたしは高まるムネの鼓動を完璧に抑え込み、返事もせずに扉をあける。

 座ったら? と腕だけ動かして、入ってきたシグナル王子に目も合わせない。

 とりわけこの人にはスカした態度で接することにしてる。油断するとニヤけてしまいそうだから。

 勇者って、無愛想でいいのよ。そのほうがミステリアスでしょ? 

 

「妹の経過は、すこぶる順調です。ベッドから起きようとして困っています」


「……」


 ヤケドさせたり、その他不適切なことしたりして申しわけない、なんてことは口にしない。


「あなたのおかげで、西パステルは国じゅうが歓喜の渦中にあります」


「……」


 いや、まだほんとに強いかどうか、わかんないよ。


「ユーイどのは、みなの模範です。非常階段を最上階21Fまで駆け上ったり、何時間も地下で剣の練習をされたりする姿を、何人かが目撃しております」


「……」


 ジムの機械を壊したのは、バレてない?


「誰よりもよろこんでいるのは、ミランダです」


 へー、そうなんだ。


「幼いころから天才魔道士と持ち上げられていたものの、勇者の召喚に成功したこともなく、ましてや魔界へ旅に出た経験もなく、なんの実績もなく成人してしまった」


 この世界で成人ってことは、17才。あたしのみっつ下ね。

 でも、え? あたしが初体験ってこと?


「ユーイどのは勇者の鏡であるのと同時に、我が国で最初の勇者どのなのです」


 つまり、西パステル国は今までちゃんとした魔王討伐隊を組織したことがない、とおっしゃいますか。

 それはちょっと問題だわよ。

 うーむ、けっこう運が上向いたと思ったけど、錯覚だったかも。


「ミランダは、あなたとともに旅に出る決心をしました」


「!」


 なにいってんの、冗談じゃない。

 実戦経験ゼロの魔道士と組んだら、生存確率は0パーセントどころか、マイナスよ!

 はい、それはナイです、とあたしは思った。

 すなわち、勇者ユーイは露骨にイヤな顔をしたに違いない。


「お気持ちは察します。だが悔しいことに、わが西パステルには戦力が残されていないのです。勇敢に挑んだ仲間たちはみな散ってしまった……」


 シグナル王子は言葉をつまらせた。うるんだ青い眼を虚空に泳がす。

 そうね。

 お察しするのは、あたしのほうです。

 あなたはこれまで辛いことばかりだったと思う。

 


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