4話:処女と結婚とか何いってんの

 各種葉っぱの衣揚げ(季節の山菜?の天ぷら)では、サクサク感に感嘆し――。

 大きな貝の網焼き(アワビっぽい貝?の地獄焼き)では、動きに恐怖し、しかし味には歓喜し――。

 とろける肉(A5和牛っぽいなんかの肉?)では、石焼き&ワサビ醤油ソースに頬っぺたをたくさん落とし――。

 あげく、西パステル産ワインに勝るとも劣らない「サケ・スパークリング」のたまらなくフルーティーな吟醸香によって、いつしかほろ酔い以上に酔わされてしまい――。


 ミランダ王女は今まさにユズ風味のシャーベットを口に運び、身体のほてりを懸命に静めていた。

 彼女の眼はちょっと視点が定まっていない。まだまだ青い娘が圧倒的な大人のテクに翻弄されて放心状態、といった様子だ。


「お料理でこんなに感動した経験は、今までにありません。この気持ち、わたくしもう、なんと申し上げればよいのでしょう……」


 無理もないわね。

 今夜初めて食べた和食懐石は、とってもきれいで、かわいくて、バリエーションも豊かで超おいしかったわよね。毒も入ってなかったし。

 現実世界であたしが行ったどの和食店よりもレベルが上だと思った。

 ああムカつく、グリドル。


「姫の心の琴線に触れたとすれば、これ以上ない光栄です。しかしながら、サプライズがまだありますよ」


 笑顔がさわやかなステキすぎる王子は、おもむろに手を挙げた。


「パーティションを収納し、全てのプールをつなげてくれ」


 給仕がリモコンで何やら操作し始めた。モーターの低いうなりが聞こえ、振動が伝わる。

 レストランの外、ライトアップされたプールで動きがあった。

 各スイートプールのプライベート隔壁が下に滑り落ちていき、ほどなく屋上は広大なひとつのフロアになった。

 そこかしこでデッキのフローリングが横にスライドして格納され、デッキ下に隠れていた水面があらわになった。

 いつしか全てのプールがひとつにつながっていた。さっきミランダが裸で泳いだプールは、いまや長大な水路を構成する一部分になった。


 レストランを囲む巨大な流れるプールが出現したのだった。

 水中はクールなライトで照らされ、あたり一面が華やかに明るくなった。


「ミランダ姫、ご覧ください。澄んだ聖水の流れです。伝説のクリア・クリークの川が、わたしたちの周りを走っているのです」


 あたしたちがディナーを楽しんだレストランは、天井も壁もガラス張りだった。流れるプールに囲まれ、眼下のすさまじい夜景を見下ろし、満天の夜空を見上げるファンタスティックな場所に、あたしたちはいた。


「この清らかな流れを、ふさわしい女性に捧げます。あなたです、ミランダ王女」


 グリドルは立ち上がり、つかつかとミランダの席まで進む。

 片腕を胸に当て、片膝をつき、頭を下げて彼はいう。


「この夏、わたしはシャングリラの王位を継承します。しかし、慣例により王妃なしでは王になれない」


 またやってるよ、この女たらし。

 あたしん時もいってたよね、妃になってくれって。捧げてくれたよね、ポルシェ大好きなあたしにスポーツカーを。

 でも結局「処女じゃなかったので結婚はあきらめてくれ」ってことになったんだ。


「我が国の王は、異国の高貴な処女と結婚することになっています。あなたは条件を満たしている。いやそれはもう、どうでもいい。わたしはあなたを愛してしまった!」


 は? 

 なんで処女だって知ってるの? 

 あたしだって確かめたことないのに。

 プールで泳いでるあいだに、盗撮でもしたの?

 でもそんなんじゃ見えないよねえ。

 あ。

 もしや……。

 

 ミランダの目の前に、グリドルが手を差し出す。


「どうか、これを」


 一輪の白い花。

 それ受け取ると、OKってことになる。

 かつてあたしはソッコー手に取った。

 でもあんたはダメだよ。

 絶対ダメ!


「あ、あ……」


 おどおどするだけで、身体が1ミリも動かないミランダ。

 生まれて初めての縁談。

 しかもステキな王子から。

 しかもしかも、シャングリラの王になる男。


 女に生まれたからには、最高の男から求婚されるのは嬉しいよね。

 とはいえ、お父様やお兄様に相談しないとなんともねえ。

 まあ、あんたがウンといわないのは分かってるよ。

 分かってるんだけど、それとは別件で話を中断させてもらうわ。


 あたし勇者ユーイは、ドスの効いた声を出す。


「悪いが、魔人を退治する時間だ」

 

 この素晴らしいプールの水の中に、そいつがいる。




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