3話:手とり足とり教えてあげる

 わたくしは、いったいどうすれば?


 と訴えかけるような、ウブな顔のミランダ。

 きゃしゃな左右の手に握ったふたつの「棒」は、見事に突っ立っている。

 もちろん、初めてでしょうね、こんなの。

 全く縁のない世界の文化、見たことも聞いたこともなかったでしょう。

 

 そのおテテがうまく使えませんというのなら、ポカンとあいているあんたの小さなお口に、あたしが今すぐご馳走を入れちゃってもいいんだけど。

 でも、もう大人なんだから、自分で出来るようにならないと。

 女は度胸、思いきってやれば出来る!

 社交界でぜったい流行るから、このスタイル。

 あたしが自ら見本を見せようかしらん。

 男の指でもうまくいくと思うんだ。

 いっとくけど、あたしは上手よ、ちゃんと習った覚えはないけれど。


 そうです。

 お箸の使いかた。

 

 ここはホテルの屋上。

 プライベートプールの横に設置された、プライベートレストラン。

 世界一の夜景を見下ろす世界一の展望。

 用意されたディナーは、なんと和食フルコースだった。


 この世界でこんなモノにお目にかかるとは思わなかった。

 でも、充分あり得ることではあった。

 なぜなら、かつてあたしがグリドルにいろいろ教えたから。お母さんから教わった「おふくろの味」を。

 あれっぽっちの情報で、こんなにちゃんとした和風の料理を完成させるんだから、大したもんだよ、おまえは。

 この夕食の席にやっぱり同席しているグリドル王子は、昔のまんま、ハンサムでさわやかで、笑みを絶やさない男。

 一緒に食事するのは、非常に気が重い。


「王女さま。この新しいカトラリーについて、ご説明を差し上げます」


 そういって給仕たちがささっと動き、ミランダの左右であーだこーだと始めた。

 恐る恐るやってみる彼女。豆かなんかでトライする。

 あー、そんなんじゃダメだよ、とくに豆はムリ、と思っていると。


「あっ!」


 案の定、下に落とした。


「不器用なわたくしを、お許しください、グリドル王子さま」


 うつむくミランダ。

 いいのいいの、ドジっ娘なとこがカワイイんじゃないか、あんたは。


「まったく問題ありません。楽しんでいただくためのアイテムですから。もちろんナイフとフォークも用意していますよ。でも、わたしの心はとりこになってしまいました。苦戦なさるあなたは、失礼ながらとてもお可愛いです」


 おまえからその言葉は聞きたくない、グリドル。

 うまくつけ入る技は相変わらずだな。

 ミランダもミランダだ、耳を赤くして。


 はい、あたしの出番ね。

 勇者ユーイは王女の手をとる。

 箸の1本を、親指と人差し指でつまむよ。

 もう一本を、中指と薬指ではさむよ。

 それぞれの指のグループは、なるたけ離すの。

 けれど箸の先端はくっつけるの。

 これでやってみ?


「できました!」


 豆を持ち上げて、顔を輝かせるミランダ。

 プルプルと震える箸の先が、大きくひらいた口へ……。

 ぱくっ。

 白く滑らかな頬を盛り上げて、うれしそうに味わう王女。


 と、まぶたが大きくあいた。


「これは……」


 不思議な風味に感動しているらしいミランダに、グリドルがいう。


「ダシ、が効いているのです。シャングリラのトップシェフたちは、ダシの旨味による調理法を習得しています」


 魚を乾かして削って、ダシを取る。

 キノコも乾かし、野菜も乾かして、煮汁を使う。

 ダシと隠し味のテクニック。

 フレンチにもイタリアンにもダシっぽいモノはあるけれど、こんなに薄味なのに、こんなに舌をよろこばせるものは、やっぱり和風。

 それと、豆を発酵させて作る「醤油」も教えた。


 この料理。

 仕込みの綿密さと、盛り付けの芸術性が加われば、この世界でも高級料理として地位を得るのは間違いない。


 あたしの母親は料亭の娘。家庭料理にもちゃんとダシをとってたんだ。

 あたしは嬉々として教えたっけ、グリドルに。

 自分の全てをささげた、大好きな男に。

 


 

 



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