2話:金髪の王子登場

 赤い肌に軟膏を塗ると、女は声を上げる寸前で飲み込んだ。痛いのは皮膚が生きている証拠だ。

 水瓶が空になった時、あたしは声をかけた。


「ちゃんと治る」


 息を荒くしている女の足下に、ボロ切れのような燃えカスがあった。最初に着ていた魔道士衣装だろう。身体を焼かれても、けなげに新しい服を着て戻ったんだね。呼んだ勇者の前にいないのは無礼だから。


 ワードローブの豪華な衣装からすると、貴族の娘に違いない。歯を食いしばって耐えているのは、高貴なお方にしてはいい根性だわ。

 まあ、こういうのは女のほうがガマン強いのよね。あたしの経験上、男はギャーギャー叫ぶ。


「軟膏ガーゼを当てて、とにかく冷やせ。リンドロの抗菌作用はあてにするな。キレイに洗って、また塗って、また冷やして、また洗え。点滴で水分をたくさん補給して、口からも飲み食いしろ」


 水泡が破れていないので、ダメージは深くはない。感染なく経過すれば、十日以内に上皮化して瘢痕を残さないはず。とはいえ、けっこう広くヤケドしてるから管理をしっかりしないと命に関わる。

 人間世界で救急の看護師しているあたしは、そこそこ知っている。


 それにしても、あたしの召喚の炎はスゴかったんだね。一瞬で部屋じゅうを焼きつくすケタ違いのエネルギー。女が顔を守れたのは、よくやったというべきかも。

 ということは。

 あたし、メチャクチャ強いんじゃん!

 筋肉ないからダメと思ったけど、これは案外イケるかも。今度こそ魔王にたどり着けるかも。


「ミランダ!」


 女の悲鳴を聞いたのだろう、大きな足音とともに男が入ってきた。

 状況を見るなり全てを理解した男は、あたしに深く頭を下げた。


「勇者どの。あなたのような方を呼べるとは、想像だにしていなかった。妹に手厚い処置をしていただき、感謝する」


 顔を上げた青い眼の男は、どうやら女の兄らしい。

 短く刈った金髪に細めのシャープな目もと。ぜい肉のない細面には少しばかりのシワ。手脚がすらっと長く、あたしより背が高い。なんとなく言葉が上からなのは、かなり身分が高いのだろう。


 どっかで見たような気もする。

 ヤケにカッコいい。

 あたしの中の深いところで、何かが目を覚ました。


 美形の男がいう。


「わたしは、西パステル国の第1王子シグナル。シグナル・KT・パステルです。召喚者は妹のミランダ・JF・パステル。勇者どのの名は?」


 そうね、名前よね。

 えーと。


「ゆい」


 なぜか本名を口走る、あたし。


「ユーイどの。重ねてお礼を申し上げる。そして、ようこそ西パステルへ」


 いうなり王子は妹へ駆け寄った。ヒザをつき、そっと手を頭に回す。魔道士である王女は、もはや力尽きてぐったりとしている。


「炎よけの魔法が弱かったな、ミランダ。修行が足りない」


 男の両の眼から、満ちた塩水があふれそうだった。









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