看護師ゆい(勇者ユーイ)の魔界冒険!

瀬夏ジュン

第1章:召喚された、あたし

1話:炎を浴びた女

「こういうの、違うんだよな。中途ハンパなんだよ」


 あたしは小さく吐き捨てた。

 うす暗い部屋の大きな鏡。

 そこに写るあたしは、紺色の衣をはおっている。その下に密な編み目の鎧を着て、肩には赤い羽根で出来たフェニックスの盾を引っかけている。


 うん、勇者だ。

 女じゃない。男の勇者。

 念のため下のほうをまさぐってみる。

 うん、ある。

 まあ、オシッコにしか使わないと思うけど。


 背は高いといえる。

 脚も長いかな。

 鏡に近づいて顔を見る。

 軽くウェーブした栗色の髪が、耳を隠すくらいに垂れている。

 細めの眉はキリッとしてちょっとだけ賢そう。

 うん、男前だ。

 だからって、べつにうれしくはないけど。


 男になったこと自体は喜ぶべきだ。女だった今までは、ぜんぶバッドエンディングだったから。

 けれど、100パーセント完璧じゃあない。

 いちばん欲しかったものが、ない。

 足りないのよ。

 筋肉が。

 こんなスマートな男じゃダメなの。とにかく——


「生き残って、魔王までたどり着きてえんだよ!」


 やたらと荒れる、あたし。

 近くにいる女は、まだあたしに声をかけられずにいる。震える両手を合わせて、祈るようにしている。

 眉に力を入れてニラんでみたら、女はビクッと反応した。


「おまえが呼んだのか、このおれを」


 内股になった女のヒザがみるみる力なく崩れて、尻がペタッと床についた。あらあら、漏らすんじゃないわよ。

 落ちている召喚水晶が女の小顔を照らしている。アップでまとめた金髪。大きな青い瞳と上品に通った鼻。透けるローブに包まれた柔らかそうな身体は、太すぎず痩せすぎず。

 いわゆる上玉ってやつ。

 

 人形のような顔の口もとが、ぎこちなく歪んで痙攣している。うまく笑えないんだね。目の前の男が怖くてたまらないんだ。

 自分で召喚したくせに情けない小娘め、と思ったあたしのお腹の下の方で、ムクムクと情欲が頭をもたげるのがわかった。さすが男の勇者。細マッチョとはいえ、頼もしい。

 よし、まずこの女で試してみようか、自分の性能を。


「かわいそうだが、覚悟しろ」


 いい終わらないうちに飛びつく。

 板のように固まった背中に腕をまわし、問答無用で引き寄せる。首すじに女の匂いをかいだら、固く閉じた小さな口びるに自分の口をかぶせる。

 勢いよく吸う。

 今にも溶けそうな熱い粘膜の奥から「うぐ」と音が出るが、あらがう力は赤んぼうのようで拍子抜け。

 ずっと止まりそうにない身体の震え——

 必死に見ひらいた懇願する青い眼——

 


 あたしは思い出した。

 自分も同じことされたじゃん。

 ああもう。

 転生は頭を弱くするの?

 下腹部はギンギン。

 バッカみたい。


 あたしは女の肩を突き離す。


「あうっ!」


 女は壁ぎわにくずおれて、はだけたローブから乳房がのぞいた。

 驚いた。

 真っ赤だ。

 あたしの手が焼いた?

 クモの巣をはらうようにローブを引き裂き、女を丸裸にした。

 胸も腹も恥部も、太モモも、すべてが痛々しい色をしていた。

 ところどころに水ぶくれもある。

 火傷だ。

 顔と首は無事。

 原因は、おそらくアレだ。勇者が実体化するとき一瞬だけ放射するエネルギー。


「召喚の炎にやられたのか?」


 声なく、うなずく女。

 あたしは周囲を確かめた。

 真っ黒い不気味なものがいくつかあった。近寄って触ってみると、炭だった。机やイスや調度品だったんだろう物体が、無残に炭化している。部屋じゅうススだらけで、平気だったのは反射する鏡だけ。

 凄まじい熱放射が襲ったのだ。


 あたしは自分の服に何かないか、探った。

 思ったとおり、編み鎧の内側に小袋がたくさん隠れていた。

 かたっぱしから中身を確かめる。

 あった! リンドロの実。

 小粒のこれをすりつぶして水に溶かすと、粘ってワセリンのようになる。効能はステロイド軟膏と同じ。つまり熱傷の初期治療に使える。


「水はあるか!」


 女の指さす先に扉。

 開けて入ると隣の部屋は無傷だった。

 ワードローブの前に水瓶みずがめがあったから、両手で実をつぶして水に混ぜた。

 瓶を持って急いで戻った。












 

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