最終話:グッジョブ!
「撃てー!」
グリドルの指先がプランクトン魔人に向いた。
ヘリと兵隊は雨のような弾丸を一点に集中させた。
が、魔人の透明な身体は、弾をポヨンポヨンと跳ね返すだけでいっこうに傷つかない。
ムリだよ、あんたたち。こいつの装甲は柔軟、かつすごい強固。
お芝居じゃなくマジな戦いならば、今すぐ逃げたほうがいいよ。
と思う間もなく、魔人の身体からアレが発射されてしまった。
何万という数の小さな矢尻のような飛び道具が、四方八方の兵士たちを襲った。これは刺胞という超イタい毒入りのトゲ。
一方、頭から生えた触覚が、みるみる伸びてムチのようになり、上空のヘリの胴体をぶっ叩いた。これは
あわれ、兵士は全員デッキでのたうち回り、ヘリは3機ともプールに墜落。
グリドルと給仕たちは、大きく広がった羽毛の盾でかくまってあげたので無事だった。恩に着なさいよ。
この魔人はね、手足の節のところで切っちゃえばいいの。
こんなふうに。
「しゅっ!」
あたしは剣を放った。
大きく回転して飛んだ剣は、魔人のヒザに命中した。
両脚が短くなった魔人は、すぐ水に隠れた。
あれ? ミランダがいない!
必死で首を回すと、近くの水から彼女が顔を出した。
そうよね、あんたは泳ぎが得意よね。
「お目汚し、失礼いたします」
そういってプールから上がった彼女は、何も着ていなかった。
目を丸くするグリドルにかまわず、あたしの脚に手を当てる。
「中で悪さをしています。わたくしにまかせて」
呪文を唱えると、脚が熱くなってきた。
一瞬、不安になったところで、治療は終わった。
「もう大丈夫です」
両腕から血を流しながら、ミランダがにっこりする。
あたしの心は泣いた。
「さあ、魔人を退治しましょう」
「腹は」
「かすり傷です」
ミランダに手を握られて、あたしは立ち上がる。
プールの聖水を見下ろす。
透明なプランクトンは完全に流れにまぎれたかと思われた。
でも、どこにいるか、あたしには分かった。
あたしはミランダの腕をそこに向けさせた。
「撃て」
「はい!」
両手のひらに力がたまっていった。
臨界に達した時、ソニックブームが一気に放出された。
プールの大量の水は、ホテルごと上下に振られたかのように頭上高く飛び上がり、爆発した。
魔人もいっしょにプールの外へ弾き飛ばされた。
デッキに降り注ぐスコールが過ぎ去ると、魔人はレストランてっぺんのアンテナに引っかかって、モゾモゾと動いていた。
とどめを刺す時だった。
「まだ撃てるか?」
「はい!」
一糸まとわぬ魔道士は赤く濡れた両腕を上げる。
「食らいなさいっ!」
轟音の塊が命中した魔人は、高く舞い上がりながら粉々に砕け散り、ミクロのプランクトンに戻った。
高層ホテルの屋上にマリンスノーが降った。
ガラス張りのデラックスなレストランは、鉄骨だけになっていた。
給仕たちは耳を押さえてデッキに倒れていた。
もちろん、尻餅をついたグリドル王子も頭をかかえて苦悶していた。
鼓膜はシャングリラの優秀な医者に治してもらってね。
宿泊費はいらないということだから、何も置いていかないよ。
ただ、あたしの思いだけ、残していこうかな。
グリドルに顔を寄せて、ささやく。
「さよなら」
どうせ聞こえないから、次の言葉は口だけ動かす。
「……………」
読唇術ができるグリドルは、ぽかんと口をあけた。
あたしは羽毛の盾を高く掲げた。
「いでよ! フェニックス!」
紅の盾が大きく身震いし、膨らみ始める。
どんどん広がり、あたしより大きくなる。
翼が生えて、頭も出た。
太い脚も伸びてきた。
いつしか、あたしの手は紅色の巨大な鳥のシッポをつかんでいた。
右手に戻ってきた剣を鞘に収めて、ミランダを抱き寄せる。
「シャングリラの王子よ、世話になった。フェニックス、国境を目指せ」
フェニックスは羽ばたいて宙に浮き、あたしとミランダを抱きかかえた。
そのまま鳥は浮上して、屋上を離れた。
あたしとミランダは、水に乏しい流れるプールを見送った。
ホテルはすぐに小さくなって、後ろのほうに見えなくなった。
フェニックスの羽毛は、柔らかく温かかった。
抱き合っていたから見えなかったけれど、ミランダはかわいい顔でほほ笑んでいるだろうと、あたしは思った。
「ユーイさまは、最後に何をおっしゃったのですか?」
うーん、秘密よ。
「それから、なぜ魔人の居場所がわかったのですか?」
それは教えてあげる。
「プールでしたな」
魔人は、ごくうすーくイエローだった。目がいいあたしには見えた。
最初に泳いだときに、あんたが染めてくれたんだね、グッジョブ。
あら、耳がすごい熱くなってるよ、ミランダ。
第3章:飽食の街 〜おわり
第4章:国境の街 〜へつづく
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