6話:いいよ、あたし乗ったげる
「ご安心ください、姫! わたしが魔人からお守りします!」
あたしのすぐ後ろでグリドルが叫ぶ。
その声に重なって、ヘリコプターのプロペラ音が聞こえる。
上空に1機、2機、3機とゴツい軍用ヘリが集まった。
それだけじゃない。
流れるプールの向こう岸に兵士たちが押し寄せた。360度、ずらりと迷彩服だ。
「そこの魔人! おまえはもう包囲された! おとなしく姫を放すのだ!」
はいはい、そういう筋書きね。
魔人をも屈服させる力を見せつけてミランダの心をつかもうという、自作自演の王子劇場ね。
ここで、あたしは思った。
脚本に乗ってあげるのが、ミランダのため、彼女のお国のためだと。
勇者ユーイは、初めて会うなり乱暴しようとした男だ。
そのあとも突然キスしてSキャラになったりして。
心にキズを負わせた罪の大きさは、ちゃんとわかってるつもり。
さっきは「おれを選ぶ」なんて身体が勝手にいったけど、あたしのようなワルイひとを選んでもらっちゃ困るし、選んでもらえるとも思っていない。
こっから先の道中は、あたしひとりでかまわない。
というわけで、ここは動けないふりしてヒザをついていよう。
ごめんね、ミランダ。
勇者ユーイは、おとなしく成り行きを見守ることにした。
でも、ちょっと様子がおかしい。
魔人は透明な8本の腕で、王女を強く抱きかかえたまんま動かない。
無言で立ちつくしちゃって、まさかセリフを忘れた?
昆虫のようにギザギザな腕が王女の身体に食い込んで、いかにも痛そう。
早く演技を進めろよ、グリと魔人!
と、ここであたしは思い出した。
低脳なプランクトン魔人は劇の段取りなんて高度なこと理解できないよ。
こいつ、ほぼ本能だけだから。
前もって打ち合わせしたつもりでも、ぜんぜん意味ないよ!
ああ、このバカグリ!!
「どういうことだ! なぜ約束通りに動かない!」
グリがヘッドマイクに怒鳴っている。
もうマジで焦っている。
そうだよね、おまえは女性にケガを負わせることは絶対なかった。
おまえがあたしを売った変態も、ただ見てるだけで何もしなかった。
そういうとこだけ、優しいんだ。
その点は、あたしより数段イイ人間だよ。
ずる賢くて冷血だけど。
そんなおまえも、今回はドジ踏んだね。
ミランダが人質に取られてるから、ヘリも兵隊も、なーんもできないじゃんか。
あたしだって、ヘタに手を出せないよ。
覇気で動きを止めようとしても、プランクトンはなんも考えてないから、人間のようにはビビらないんだ。
と、魔人の股のあたりから、何かが飛んできた。
痛てっ!
今度は太モモをやられた。いそいでフェニックスの紅の盾に隠れる。
こいつゾエア幼生を撃ちやがったな。
ゾエアっていうのは、カニの子どもね。
モモもふくらはぎも、中でそいつに筋肉を食われてる感じで、キモ激痛!!
くそっ、こんなところで手こずってちゃ、魔王は雲の上だよ。
「ユーイさま!」
ミランダの悲鳴。
盾をずらして覗くと、彼女は目を見開いて乗り出している。
あたしのことを案じているのだ。
押さえられた白い腕に赤い血。
それでも、魔人から逃れようと身をよじる。
魔人の股間から細長い管が1本伸びた。
ミランダの下腹を這う。
管の先が皮膚に突き立てられた。
プランクトン魔人は、若い処女の卵と自らの細胞を融合させて子孫を進化させる。
狙いは彼女の卵巣だ。
「うっ」
ミランダがうめく。
あたしの中で何かが外れた。
エネルギーが満ちていった。
身体からまもなく発散される炎は、彼方の青白い恒星のように、とてつもなく高温だと思われた。
「いけません! ユーイさま! いけません!」
そうだよね。
ヘリも兵士たちも、グリドルも給仕たちも、みんな灰になってしまう。
ホテルも崩れて、大勢が死ぬ。
魔人といっしょに、ミランダも消える。
ダメだよ、あたし。
脳みそシャキッとさせて抑えなきゃ——。
その時のあたしは、きっと呆けた顔で視線を泳がせていただろう。
と、耳鳴りが聞こえた。
かすかなキーンという音。
どんどん大きくなっていった。
たぶん、聞こえないさらに高音の周波数帯域で、規格外に強い音波が発生しているはず。
ミランダの身体が超音波を発生させていた。
彼女の身体に接していた魔人の腕は、猛烈に加熱されたに違いない。水分が瞬時に沸騰するほどの超音波振動で。
すぐさま魔人はミランダを放した。
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