2話:好きにしちゃっていいよ

 意識が薄れていった、あたしなのですけれど。

 ごめんなさい、瞬時に立ち直りました。


 ほんと、勇者ユーイはスゴイ。

 いやマジで。

 けっして毒が効いてないわけじゃないのよ。身体が断固として逆らってるの。キャパが巨大なのに加えて、めちゃくちゃ根性もあるんだと思う。

 女勇者だった頃のあたしなら、きっと三日三晩くらい寝込んでたわよ。悔しいけど。


 けれども、あたしはドサッと倒れることにした。

 なぜかっていうと、まさにミランダを鍛えるいい機会だから。この街の次にはもう魔界に入っちゃうから、できるだけ成長させたい。


 ミランダの足もとに横たわったあたしは、彼女が小さく声を上げるのを聴いた。

 あたしが感心したのは、そのあとの行動だった。

 ミランダ姫は2本の指であたしの頸動脈に触れた。同時に、別の指をあたしの鼻下に置く気配がした。

 真っ先に心拍と呼吸の確認をしたのだ。

 彼女は医者でもあるけど、なかなかこんなふうに冷静ではいられないものだ。


 無事だと知って安心したか、彼女の頬があたしの顔に乗ってきた。彼女がもらした「よかった」というつぶやきは、少しだけ震えていた。


 と、顔を上げるミランダ。

 

「あなたがた。ユーイさまにこれ以上なにかするなら、わたくしは許しません」


 毅然といい放った。


「おや、あんた、こいつのコレかい?」


 さっきと全く違うキャラになった女は、おそらく小指をピンと立てている。


「こんなダメ勇者、いいかげん見限ったほうがいいよ。もっといい男、あたしがたくさん紹介したげるからさ。あんただったら、ものすごい稼げるよ!」


 ははーん、こいつら売春組織だな。

 あいにくだけど、この姫さまは、自分の何がお金を生むかという肝心のところを、ぜんぜん理解してないと思うよ。


「すぐユーイさまに手当をしなさい。解毒剤がないとは、いわせません。それと、わたくしとユーイさまを引き離そうとしてもムダです」


 立ち上がったらしいミランダから、いよいよヘンな音波が出始めた。

 まさか、人通りの中でアレをぶっ放すんじゃないだろうね、と心配になったけど、不穏な気配をさすがに女も察したようで、


「ちょ、ちょっと待った、お嬢ちゃん。これ以上なんもしないから安心して。あんた魔王討伐隊のクルーだろ? もっとオイシイ仕事があるんだってば。この男にもいい働き口を斡旋あっせんするよ、カジノの用心棒とか」


 といって、女は寝てるあたしを足で小突いた。

 このアマ! と思ってうす目をあけると、


「ぶちます」


 低い声とともにミランダは女に手を上げた。

 こんな姫さま初めて。ちょっとドキドキ。


「なんだ、やんのかコラ!」 


 今度は女も黙っちゃいなかった。


「まあまあ、あねさん。ここは場所を移しましょう。キレイな娘さん、どっかで落ち着いて仲直りしたらどうだい?」


 このチンピラ、場慣れしてやがる。ここまではパターンなんだろうね、こいつらには。

 さあ、ここで姫はどうするか。

 考えられる選択肢は……


1)納得したフリをして、隙を突いて女を後ろ手にねじり、女の身とあたしの解毒の取り引きをする


2)通行人の鼓膜を破ってもいいから、チンピラたちにソニックブームをお見舞いする


3)裸になって次々とチンピラの顔を胸の谷間に埋めて、超音波振動で脳みそを加熱調理する


4)「助けてください! 痴漢です!」と女優になって仕返しする


 4)はイマイチかな。ミランダに演技の素質はなさそうだし、敵が解毒しないで逃げちゃうし。

 3)は案外あるかも。この子は一般人のような羞恥心がまるでないから。

 2)は可能性低い。ソニック出すマネはするかもだけど。

 だから1)よね、普通に考えたら。


 さて、ミランダのチョイスはどれかなあ。

 あたしは耳を澄ませて成り行きをうかがった。


「わかりました」


 え、ええー?!

 わかっちゃうの?!

 あたしは思わず目をあけてしまった。

 相手もちょっと唖然とした顔。

 ミランダは大真面にいう。


「ユーイさまと一緒に、わたくしをそこへ案内しなさい」


 そこへ案内って、どこよいったい。

 犯罪組織のアジト?

 ふむふむ。

 そうね、なんか面白そう。

 いいわよ、好きにしてみなさい。


 魔王討伐隊のふたりと、姐御とチンピラたちというヘンな一行が、どこかへ向けて動き始めた。

 担架に寝た状態で運ばれている最中、あたしはずっと周囲を盗み見ていた。

 勇者の身体が重たくて、男たちは立ち止まって休んでばかりいた。

 ミランダの横顔には、旅を始めた時の頼りなさはなかった。


 詐欺師たちに素直について行くような人間と一緒に魔界を目指すなんて、本来ならばあり得ない。

 けれど、もうあたしにはこの子が必要だ。




          




 

 

 

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