5話:満ちた光

 あたしはコイツをエイリアン魔人と呼んでいる。

 太い白ヘビのような外見が、あの有名なエイリアンを連想させるからだ。

 手足がないから、魔人じゃなくて魔物といったほうがいいんだけど。

 過去にあたしは3回コイツと遭遇して、2回負けている。

 腹を食い破られてジ・エンド。

 あと1回は、命からがら逃げた。


 強敵だ。

 けどコイツなんかにやられてたら、この先、魔界に入る資格はない。

 あそこにはプレデター魔人とか物体X魔人とか、とんでもなく強いヤツらがウジャウジャいるんだから。


 あわれな犠牲者のみぞおちには、血にまみれた白ヘビが首を反らせてそそり立っていた。太く怒張した何かを思い起こさせた。

 男はそのまま後ろへ倒れた。

 生々しい魔物の姿を、その場にいた者たち全員が見ることになった。


「あ、あぎぃーっ!」 


 ひとりが悲鳴を上げた。

 そこからはパニックだった。

 

「おまえら逃げろ!」


 揚げまんじゅうのひとことで、男たちはもと来たほうへわれ先に走った。

 そうそう、それがいいよ。一般人は魔物に楯つかないで、とにかく逃げてね。

 だけど、不幸にも姐さんとその手下たちは逃げられなかった。

 エイリアンの向こうに出口があったから。

 揚げまんじゅうもやっぱり逃げなかった。

 姉を置いては行けなかったのだろう。


「姉ちゃん!」


 まんじゅうが拳銃を投げてよこした。

 姐さんはキャッチした。が、なぜかうまく握れない。


「あ、あたし、銃を使ったことないんだよ」


 エイリアンがニョロっと身をよじらせて、もう動かない男の身体から抜け出た。

 一瞬みんなで注目した。

 直後、それは飛び跳ねた。

 姐さんの顔へ一直線に。

 

「きゃっ!」


 猛然とジャンプしたあたしは剣で姐さんの口を守った。

 しかしそいつは彼女の頭に乗った。

 次の瞬間、角度を変えてさらに強く跳んだ。

 どこへ向かって?

 ミランダに向かって。


「くそっ!!」


 あたしは思い切り剣を突き出した。

 けれど数センチ届かなかった。

 ミランダの両手をかいくぐり、エイリアンは彼女の胸の谷間に着地した。

 背中から床に倒れ込んだ彼女の上に、白ヘビが鎮座した。

 そいつはニタッと笑うように口をひらくと、ミランダめがけて液体を噴出させた。

 ビクッ、ビクッと痙攣するヘビは、白く粘性のある、まがまがしい体液で、美しく高貴な顔を犯した。


 誰が一番パニックになったかといえば、あたしだった。

 おそらく、あたしは獣のような叫び声を放っていたことだろう。

 それでも頭には冷静な部分があった。

 あたしは着ている編み鎧の裏から小袋を引っ張り出し、中に入った木の実を口に入れると、ミランダの顔を急いで拭う。

 メイリンという名の木の実を噛みつぶして猛烈に苦い汁を口腔にためると、彼女に勢いよく吹きかけた。

 エイリアンは数千万匹のミクロの幼生を、強酸性のゼリーと一緒に吐き出す。

 アルカリで中和すれば、幼生の動きは鈍くなる。

 木の実を全て使っても中和しきれていなかったので、あたしは自分の口で臭い液を吸い取った。


「眼も口も閉じていろ!」


 ミランダの口、鼻、まぶたからエイリアンの体液を吸っては吐き出し、吐き出しては吸った。

 

「水!!」


 早く洗い流したい。

 だが姐さんの手下は恐怖で動かない。


「もうヘビは死んでる!!」


 ミランダの身体に乗った白ヘビは、口をあけたまま動かない。こいつらは繁殖液を吹き出してしまったら、この世に用はないんだ。

 受け取った水で洗い流して、ミランダの顔を確かめる。

 酸でただれて赤い。

 いたるところに血がにじむ。

 あたしの心は絶叫した。

 許さない!

 絶対に許さない!!


 ああ。

 また湧き上がってきちゃった。

 どうしよう。

 街ごと焼き尽くしちゃうんだろうか、あたし。


 ミランダが抱きつく。

 きっと、いけません、と伝えたいんだろう。

 でも、あたしにはなぜか自信があった。


「みんな外へ出ろ。壊れた扉は元通りに閉めておけ」


 姐さんたちにミランダを託し、あたしはひとり地下室に残った。

 男の亡骸には、まだ数匹の白ヘビが潜んでいる。

 あたしの身体の中には炎があった。ついさっきは街ごと消すほどの強さだったけれど、今はごくごく小さくて、かわいいもんだ。

 例えれば、線香花火?


 炎を冷静に抑えることができていると、信じたい。

 はたして、うまくいくだろうか?

 失敗したら、愛しいミランダを消滅させてしまうよ。

 そしたら二度と会えない。

 ミランダと離れるのは絶対いやだ。

 だから、あたしは決して失敗しない。


 横たわった男の腹が盛り上がる。

 いくつもの小山が、それぞれにうごめく。

 食い破った4、5匹が白い首を出した。

 牙をむいてシャーっと威嚇する。

 これから起こることを察しているんだね。

 あたしの口の中は、酸やらアルカリやらで感覚がない。

 けど、頭はやけに冴えてるよ、ちくしょう。


 白ヘビたちはニュルっと出てきた。

 一斉にあたしに飛びかかった。

 あたしは怒りを解放した。


 静かに光が満ちた。

 









 





 

 

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