最終話:あんたが好き

 まぶしい。

 急に照らさないでよ、もう。


(無影灯を点けるのはお前の仕事だろ)


 すれ違いざまに耳もとで横芝よこしば先生がささやく。


(いま懸命にハサミで服を切って傷を出してる途中です、ジーンズは硬くて丈夫なんです)


 とあたしは心の中でいい返す。

 口をとがらしていると、先生が触診を始める。

 患者さんのスネの、出血した場所のまわりを優しく触れる。


「押すとズキって、しますか?」


 患者さんは少し考えたあと、いいえ、と弱々しく答える。


「これは感じますか?」


 足の甲をちょっとツネる先生。

 痛っ、と反応する患者さん。


 血は止まっている、腫れてもいない、骨折も知覚障害もない、足首も足ゆびも正常に動く、体幹にも問題なし。

 一応のX線も撮ったし、あとは横芝先生の創処置だ。

 形成外科の美人先生に習っているという自慢の技を披露してもらおうか、深夜の救急外来で。

 んー、なんかムカつく。


「オキシドールも用意しといて」


 先生は密かにウィンクする。

 ダサいヒゲ面に似合わないことしないでよね。

 冷たい表情を返そうとして、不覚にも笑みがこぼれてしまう、あたし。

 人のためになる仕事をして幸せを感じる、あたし。

 この時ばかりはイヤなことを忘れる、あたし。



         *



 ユーイさま! ユーイさま!

 呼ばれている。

 ユーイさま!

 あたしは結衣ゆいだよ。

 白く滑らかな肌が見える。

 絶世の美女だね。

 誰よ、あんた。

 あ、ミランダだ。


「ミランダ」


 目の前の青い瞳がまたたくと、しずくが一粒、あたしの頬に落ちた。

 ミランダは一瞬だけこらえていたけれど、すぐに顔を崩した。

 うわーん、と声を上げてあたしに乗っかってくる。

 圧がすごい。

 あたしはベッドに横になっているらしい。

 と、彼女はすぐに身を戻した。


「申しわけございません、たいへん失礼をいたしました」


 泣き顔のまま、かしこまって頭を下げる。

 だけど、あたしの手を強く握って離さない。

 彼女の嗚咽は、しばらく続く。

 心配かけちゃったみたいね、ごめんね。


 あたしは最後に熱放射をした。

 召喚された時に出す無意識の熱と同じくらいで、と思って、うまく調整したつもりだった。

 けど、ちょっとやり過ぎちゃったようです。

 鉄筋が溶けてビルは全壊してしまったらしい。

 空き家ばっかの小オフィスビルで、人的被害がなくて幸いでした。

 こういうのって、いいことしてるとは到底いえないよね。

 悩むわー。


 がれきの下から数時間後に引っ張り出されたあたしは、死んでいなかったし、たいしたケガもしていなかった。

 スゴ過ぎる。

 けど、3日間も寝たきりだったとのこと。

 象に使う麻酔でも効かなかったあたしなのに。

 きっと白ヘビエイリアン魔人の体液が熱で蒸発して、それをたくさん吸っちゃったんだろうね。


 今回、わかったことがある。

 熱放射をすると、あたしはあっちの実世界に一瞬だけ戻る。

 救急外来に行っちゃったもんね。

 あっちの時間で3分は、こっちの3日。


 あと、もうひとつ思うことは。

 あたし、きっと解決したいことがあるんだね。

 それが何なのかは、こっち来ると忘れちゃうんだけど。


 ミランダも、姐さんも、組員たちもみんなX線撮影をして、身体の中に白ヘビがいないことを確認済みとのこと。

 良かったね。

 でも、あたしが思うに、まだ街にいるよ。

 シャングリラ政府が、対白ヘビ魔人用の武器と捕獲網と薬剤を供給してくれることになったのは心強い。

 勇者ユーイの名前を出したら、グリドル王子はすぐに動いてくれたらしい。

 軍隊を派遣するぞ、なんなら自分も行って手伝うぞ、くらいの勢いだったらしい。

 ミランダのことまだ狙ってるのかしら。

 まさか、男のあたしに惚れた?

 もしそうなら、なによいまさらって感じ。


 さあ、あたしとミランダは先へ進まなきゃ。

 恐ろしい魔族たちの巣窟へ。

 魔王のもとへ。


 この街から魔界はすぐそこなんだけど、あたしはひとつ忘れていたことがある。

 すぐに魔界に入らずに、ここの隣の国に寄り道したほうがいいのだ。

 その小国はミランダのお里の西パステル国と同盟を結んでいて、そこで彼女の兄、シグナル王子と合流できるかもしれないのだった。

 それに、そこには物知りの「おっちゃん」がいるし。

 頼りになるおっちゃんに、いろいろ相談してみたい。

 あたしの心と身体のこととか、熱放射のこととか。

 あたしの抱える問題とか。


「ユーイさまが魔人の体液をいち早く取り去ってくださり、わたくしは助かりました」


 ベッドを見下ろして、神妙なミランダ。

 真っさらな妖精のような顔。

 さすがだね、キズの治りが早くて完璧。美女キャラ頂点の地位は全く揺るがない。


「わたくしごときがお礼など、到底できるものではございませんが、ただただユーイさまにどこまでもお仕えする所存です。この命、どうぞご自由にお使いください」


 そんな他人行儀やめてよ。

 もっと気楽にいこうよ。

 あたしは手を引いて、強く抱き寄せた。

 

「おまえは、とっくにおれのものだ」


 勇者ユーイの口が、また勝手なことをいった。

 女の子をモノ扱いしないでよね。

 でもまあ、あたしも気持ちは同じようなもん。

 王子のことすっかり忘れるくらい、あんたのこと好きになっちゃったよ、ミランダ。








「国境の街」 〜おわり

「海辺の街」 〜へつづく

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看護師ゆい(勇者ユーイ)の魔界冒険! 瀬夏ジュン @repurcussions4life

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