リレー小説:異世界と無能と超兄貴と意外な助っ人と宿敵と協力と老婆と推測と惨劇と敵の正体と真実の欠片とハイ・ライトと火の高位精霊と突然の別れと赫奕たる炎のさだめとケツイとカクゴと(以下続く)

深上鴻一:DISCORD文芸部

第1話 異世界と

 23時30分過ぎ。

 私立聖陵学園の男子寮、204号室。

 天領寺和矢てんりょうじかずやは自分の机に座り、集中できることもなくマンガを読んでいた。

 頻繁にソーラー電波機能付きの腕時計を見ている。日が変わる24時ちょうどに、学校の中庭にある噴水前に呼び出されているからだ。その相手の名は、岩動真弓いするぎまゆみ。校庭を挟んで向こうの女子寮に住んでいる、彼と同じ二年生。運動は苦手だが、読書と音楽が好きな、柔らかい雰囲気の女の子だ。男女両方から人気があり、副生徒会長をしている。いつも笑顔の印象だが、それでも正義感が強く、いじめられていた生徒を守るためにひとりで集団に立ち向かったことがあるのも、彼は知っていた。

 そんな彼女に、深夜に呼び出された理由は何か。もちろん彼にはわかっている。告白だ。この学園の中庭にある噴水の真ん中には、キューピッド像が立っている。その前で告白して両思いになれば、ふたりは永遠に愛し合うことができると、代々、この学園では語り継がれている。もう子供ではないのだから、そんなことを彼は信じていない。しかし、現在の理事長である早乙女七星さおとめななせと、その夫である陸央りくおの仲睦まじい姿を見てしまえば、それを信じるようになる気持ちもわからなくもない。まだ学園生だった睦央が、当時は一教師だった七星を呼び出し、その古くからの言い伝え通りに皆の面前で白昼堂々、噴水前で告白したことを学園で知らない者はいない。

 その告白した時間が、昼の12時。しかしそんな時間に人前で告白するのは、よほど度胸がなければ無理なわけで、いつの間にか24時でも効果は同じである、と付け加えられていた。そしてさらに、そんな深夜に学園に塀を越えて忍び込むのも、時代と共にセキュリティ強化によって不可能となった。ようするに、深夜24時にその告白が可能なのは、今では寮生のみなのである。

 天領寺はマンガを閉じた。二段ベッドの下では、同室の高辻誠たかつじまことが寝ている。彼には、深夜に出かけることを伝えていた。あの岩動真弓から噴水前に呼び出されたことを伝えると、表面上は平静を装っていたが、彼はかなりの衝撃を受けたようだった。彼もひそかに憧れていたのかも知れない。それでも、やったな、おめでとう、と言ってくれた彼を、天領寺は本当の親友だと思う。オカルト好きの、ちょっと変な奴だが。

 天領寺は綺麗にラッピングされた紙箱を持った。何かプレゼントしようと思って、駅前にある高級チョコレート店で詰め合わせを買ったのだ。岩動がその店のチョコレートが大好きなことは、リサーチ済みだった。ふたつを手でそのまま持って行くのも変だろうと思い、リュックサックに入れて背に担いだ。他にも中には水筒などいろいろと入っているようだが、出すのは面倒くさい。確か携帯電話も入っているはずだが。

 鏡の前に立つ。下は青いジーンズ、上は赤いパーカー。自分ではまあまあの男前だと思っているが、どうも他の人の評価では中の上ぐらいらしい。それを言うと成績も中の上だし、運動だって中の上だ。

 特別に人に自慢ができると言えば、いちおう弓道が得意なこと。家が道場で、幼少の頃から鍛えられてしまったからだ。あとは父親が山岳好きであったので、ある程度のサバイバル技術がある。

 さて、行くか。

 天領寺はそう呟いてから、そっと部屋を出た。

 

 空を雲が覆う、暗い夜だった。

 寮のトイレの窓から外に出て、塀の端にある秘密の通路を通り、校庭の端をぐるりと回ってから校舎に侵入し、そして中庭へ天領寺はやって来た。時刻は5分前。

 すでに、丸い噴水の縁に座る人影があった。

 緊張して汗で濡れる手をパーカーで拭いてから、彼は近づいて行く。

「やあ」

 そこに座っていたのは、岩動真弓ではなかった。彼女と同室の、海堂陽向かいどうひなた。さっぱりと髪を短くした、背の高い生徒会長。この学園よりは宝塚音楽学校、そこで男役を学ぶ方がふさわしいだろうとも思える、かなりの美形。

「まゆは来ないよ。ぐっすり寝ている」

「え?」

 長い足を組んで座っていた生徒会長は立ちあがった。フェンシング部の部長でもあり、その身体は細いが筋肉で引き締まっている。彼を足の先から頭のてっぺんまでゆっくりと検分してから言った。

「まゆが、何で君みたいなやつに、好意を持ったのかわからないね」

 カチンと来たが、争う気はない。

「そうですか。俺にもわからないんですけどね。来なかった理由は、本人から直接に聞きたいと思います。じゃあ」

「待て」

 彼女は、彼を引き留めた。

「何です?」

 しばらく彼の顔をじっと見ていたが、先程までとは打って変わった、弱気さをうかがえる声で言う。

「告白、断ってくれないかな」

「何だって?」

「理由は簡単だ。君は、彼女にふさわしくない」

 さすがにその言葉は、彼を怒らせる。

「俺がどんな男ならふさわしいんです? 成績があなたみたいにトップクラスだとか? 運動も得意で部活の主将だとか? そして人気があって、生徒会長だとか?」

 彼女は何も言わず、空を見上げた。何か考えているようだったが、彼の顔を真正面から見つめた。その目が、彼には潤んでいるようにも見えた。

「ああ、つまり、私がふさわしい」

 わずかの沈黙の後、彼は言う。

「海堂さんが誰を好きだろうと、それはあなたの自由です」

「陽向でいい」

「じゃあ陽向さん。でも、俺が誰かを好きになるのも自由でしょう。悪いけど、断りはしないです」

「お前は!」

 彼女は、彼に近づき、その両肩をつかんだ。

「自分から告白しようとしたわけじゃないだろう? 私とは想いが違うんだ! 私は何度も――それに、それに――」

 言葉が止まった。何かが歩いて来る。ガチャン、ガチャン、という金属の音。

「見回りかな?」

「噴水の影に隠れよう」

 先程までとは打って変わって、冷静な態度の海堂陽向。彼女と肩を並べてしゃがんでいる、天領寺和矢。

「!」

 中庭の入り口から現れた者。それは黒い鎧。足の先から頭まで、重なった金属の板で全身を包んでいる。右手には、大きすぎる様な両刃の剣。もう片手にはトゲのついた盾。その鎧は中庭を、ゆっくりと見回した。そして、二人に向かって、ゆっくりと歩いて来た。

 天領寺は、海堂の肩に、そっと手を乗せた。横目で見る彼女に、後ろを指さす。逃げよう、という合図だ。彼女は頷いた。何者かはわからないが、我々は学園に忍び込んでいるのだし、見つかる前に逃げるのが得策だと思ったのだ。

 二人は噴水の影を飛び出す。黒い鎧と反対側の出口を目指して、走る。

 背後では、ガチャンガチャンガチャンガチャン! という金属音。歩みのスピードが速いのは彼にもわかる。

 嘘だろ? 足が早過ぎる!

 その時。

「きゃっ!」

 顔に似合わないような可愛らしい声を出して、海堂が転んだ。

 後ろを走っていた天領寺も、そこで足を止めてしまう。

「立て!」

 振り返った海堂の唇が震えていた。暗いので彼にはわからなかったが、その顔色は青ざめていた。

「早く!」

 ガチャン!

 すぐ背後でひときわ大きな音がした。

 天領寺は振り返った。

 両刃の剣が、左肩に振り下ろされていた。

 海堂の悲鳴が聞こえた気がするが、それも一瞬のことだった。

 

 はっ、と起きると、板張りの粗末な小屋にいた。清潔ではあるが、父親と宿泊した山小屋を思い出した。ガラスのない枠だけの窓から指している明かりは眩しい。天領寺は硬いベッドの上に横になっていた。それは板の上に、何枚も布を重ねて作られたものだった。

 身に付けているのは、ボクサーパンツのみ。裸の上半身にはぐるぐると青い布が巻かれている。それが包帯であることはすぐにわかった。肩を動かして見ると、わずかに痛い。

 死んだはずでは、と彼は思った。学校の中庭で、謎の黒い鎧に襲われ、まさしく一刀両断された。それが最後だったはずだ。

 腕時計で時間を確認した。13時23分。日付から見ると、約1日半も寝ていたことになる。

 床の隅には、彼のリュックサック。裸足の足で床を歩いて行き、それを開ける。プレゼントに買ったチョコレートも含め、雑多な荷物が、きちんとそのまま入っているようだ。

 それにしても、ここはどこなんだ? 

 粗末な小屋にふさわしい、隙間だらけのドアが開き、彼はびくっとした。そして思わず、変な声を出していた。

 目の前に立っていたのは、果物が入ったカゴを持った少女。落ち着いた色ではあるものの、テレビで見たことがあるような、どこかヨーロッパの民族衣装を思わせる服。たくさんの首飾り。

 その少女は、にっこりと笑った。

「ええっ!?」

 また変な声を出してしまった。

 少女の長い長い耳が、笑顔と同時にぴょこりと揺れたからだ。

 その少女は彼に近づいて来て、赤い果物のひとつを差し出した。リンゴに似ているが、形が少し違う。とりあえず手にしたが、頭の中はパニックになっている。その耳の長い少女は、果物を食べる仕草をした。食べろ、と言いたいのだ。

「ここはどこだ?」

 首を傾げる少女。

「お前は誰だ? なんで耳が長い?」

 少女はそれから、長い言葉を喋り始めた。それは抑揚が大きくてどこか歌に似ていたが、聞いたことのない外国の言葉で、もちろん意味がわからない。

 困ったな、と思ったが、気がつく。リュックサックの中から携帯電話を取り出した。だめだ。圏外だ。

 その画面を、少女が覗き込んだ。悲鳴に近い声をあげる。

「どうした?」

 少女は慌てた様子で、壁際にあった棚から、何か布で包まれた物を出した。布を外す。それは手のひらほどの大きさで、白い精緻な刺繍を施された布の中に、大事に包まれていた。それは人物の木製レリーフ。写実的ではないが、その特徴には見覚えがある。

 少女はその絵を彼の前で掲げ、携帯電話の画面を指さした。

 そこに写っている待ち受け画面は、岩動真弓。

 これは同じ人物であると、少女が主張していることがわかった。

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