第8話 推測と

「こう、ビビッと内なる能力を感じて、ズバーン! と能力を放出するイメージで! どうじゃ? 己の能力が躍動する様を感じるじゃろう?」

「いいえ。全く感じません」

 

 俺は脱力し切った声音でそのように返した。


 虹色の光を湛えた泉の底、そんな幻想的な空間で、雰囲気を台無しにするような言葉が飛び交う。

 ――ドン! とか、ズバババン! とか、バシーン! とか。

 老婆はそんな大袈裟な擬音語と共に、俺に能力の使い方を伝えようとするが……全く分からない。


 訓練開始から半日は経っただろうか?

 成果は一ミクロンたりとも出ていなかった。何とも虚しい気分に苛まれる。

 

「ええい! 何じゃ、そのやる気のない声は! そんなことでコピペ能力が使いこなせるようになると、本気で思っておるのか!?」

「はあ。コピペ能力、コピペ能力、ですか……」


 アルブレッサーラさんは、異世界人は例外なく神から能力を授かると言った。先程戦闘した陽向さんも剣士として何某かの能力に目覚めている節があった。

 ならば、俺も能力を授かっていると考えた方が自然なのだろう。

 しかしその能力が、コピペ能力……。

 いや、老婆の説明、『自分の身体のステータスを他の者に丸っきり与える能力』とやらは使い所が難しそうだけれども、上手くやれば役に立ちそうな気もする。

 実際、ゴーレムの腕は粉々になっているそうだし。

 ただ何と言うか、能力名がコピペ能力というのは、どうも響きが……。


「何じゃ、その顔は? 不服でもあるのか? 天与の能力に不満たらたらとは、これじゃから最近の若者は……」

「あー、すみません」


 確かに老婆の言う通りだ。自らが努力したわけでもなく、ポンと与えられた能力に対し文句を付けるのは頂けない。

 無能力であることに比べれば、ずいぶんと恵まれているではないか。

 俺は考えを改めると老婆に問い掛ける。


「結局のところ、意識的に能力を使うコツは何でしょうか? こう具体的なアドバイスが欲しいのですが」

「ふん。ようやくやる気になったようじゃの。案ずるな、最高位の水精霊たる、この『泉の貴婦人』ならば、お主に能力の使い方を伝授するくらい造作もないわい」


 老婆はドヤ顔で胸を張る。

 ……半日で全く成果が上がっていないのに、この溢れ出る自信はどこから湧いてくるのだろう?

 もしや本当に、成果が出ていないのは、俺のやる気がないせいだと思っているのだろうか?

 そうなら、この先の訓練が危ぶまれる。


 それにしても、最高位の水精霊『泉の貴婦人』、か。何となくそうではないかと思っていたけれど、この老婆は人ではなく、超常の存在であったのか。

 しかし泉の貴婦人、貴婦人か。何とも高貴かつ優美な印象を覚える名前だ。

水の精霊と言えば確かに美しい女のイメージがあるけれど、でも実際に目の前にいるのは……。


「お主、失礼なことを考えておるじゃろ?」

「えっ!?」


 ジト目でこちらを見てくる老婆の言葉にドキリとさせられる。


「ふん。記憶を読み取った時のような直接接触をしなくとも、相手が何を考えているかくらい、おおよそ読み解くことはできるわい。――水鏡という言葉を聞いたことがないか?」

「水鏡……」

「うむ。我が泉の水面は、覗き込んだ者の全てを写し取る。姿も、想いも、記憶でさえも……。丁度、お主のコピペ能力の真逆のような能力じゃの。そう例えば……!」

「あっ!」


 思わず驚きの声を上げてしまう。

 突如、老婆の輪郭が歪んだかと思うと、皺だらけの顔から一変、若い娘の顔になった。それも、俺の良く知る顔に。


「ふふふ、この顔ならお主も満足じゃろ」


 目の前にあるのは、俺の想い人である岩動真弓と瓜二つの姿。本人は決して浮かべないであろう、意地悪気な表情を浮かべているのが、唯一の差異であろうか?


「その姿は、俺の記憶を見て?」

「うん? いいや、お主がこの娘に懸想しておるのは、お主の記憶から知ったことじゃが。しかし他人の記憶の中にある人の姿を写し取ることはできぬよ。あくまで、鏡面である水面を覗き込んだ者でなければ、の」

「何を言っているんです? それじゃまるで……」


 真弓の顔をした貴婦人の眼光が鋭くなる。


「薄々勘付いておるくせに、まだ気付かぬ振りをするのかのう?」

「気付かぬ振りって……」


 どうしてだか、背中に嫌な汗をかく。


「ふん。まず、ワシがこの娘の顔になれるのは、この娘がワシの泉を覗き込んだことがあるからじゃ。ざっと、五百年前くらいだったかのう」


 五百年前、それなら……。


「人違いだ、と?」


 誤魔化しを許さぬとばかりに、貴婦人は鋭く切り込んでくる。


「でもだって、五百年前の人なら真弓のはずがない! そうだ! あのレリーフに刻まれていた、真弓そっくりの地母神、マユミェンテとかいう……」

「まだ自分を騙す積りかのう。その両者を結びつける手がかりを、お主はもう得ているじゃろうに」

「何を言って……」

「アルブレッサーラはスマートフォンの存在を知っておったの? 百数十年前に訪れた異世界人が持っていたから、と。ほうら、もう分かったじゃろ?」

「まさか……時間が、ずれている?」


 貴婦人はにんまりと笑う。


「さて、二つの世界の時間の流れにずれがあるのか。はたまた、向こうからこちらに来る際、こちらのどの時間軸に来るのかがあやふやであるのか。……神ならぬこの身では、正確なことまでは分からんがのう」


 点と点を結び、描き出された答えは残酷なものだ。

 真弓が、五百年前のこの世界に異世界転移していたのだとすれば、彼女はもう……。


「……貴婦人、本当にマユミェンテは真弓なんですか?」

「うん。知らん」

「はあ? はあ!?」


 追い詰める様に、俺を残酷な解答へと導いた貴婦人は『知らん』などとのたまった。


「知らんよ。そのように推測できるということじゃ。ワシは全知の神ではないからのう。ひょっとすれば、本当に他人の空似かも知れんし。ただ……」

「ただ?」


 俺に言い聞かせるというより、貴婦人は独り言のように口にする。


「異世界人は使命を背負うもの。真弓とかいう、同じ娘に懸想する二人の異世界人が同時にこの世界にやってきた。ならば、そこに何某かの意味がある筈じゃ。真弓、あるいは、地母神マユミェンテに関わる何か、それが使命である可能性は高い」

「俺の、俺たちの使命……」

「うむ」


 貴婦人は一つ頷く。


「よもすれば、この世界の過去に送られた、お主らのお姫様を救うような使命かも知れんのう。どうじゃ? 訓練にもやる気が出てこんか?」


 貴婦人は厭らしくそのようにまとめる。

 はあ、と俺は溜息を吐いた。貴婦人の意図を察して。


「つまり、あなたが俺の危機感を煽るようなことを口にしたのは、俺を本気にさせるためですか?」

「うむ。異世界人の使命は、この世界にとって重大なものじゃ。果たされなければ、最悪この世界の存続にかかわる」

「…………」


 世界を救え、などと言われても、あまりにスケールがでかすぎて怯みそうになる。

 しかしそれが、もしも真弓と密接なかかわりがあるのなら?

 ……逃げ出すわけにはいかない、か。

 俺も、そして陽向さんも。


「ほほう、良い顔付になったの。では、訓練を再開しよう。まずは、自分の中に眠る能力を意識するのじゃ! こう、ぐぬぬ……っと! そうしてスポーンっと、引っこ抜くのじゃ!」


 貴婦人は、大根でも引き抜くような手振りで言う。


 ああ、俺は真剣にこの訓練に取り組むことを決めた。

 それだけに強く思う。この指導係、チェンジ出来ないだろうか?

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