第7話 老婆と
天領寺は森の中をやみくもに駆けていた。腕は震えるし足は悲痛な痛みを訴えていた。
その森は行けども行けども開いた土地には出なかった。
幸運なことに魔物の類は現れなかったが、その前に力尽きそうだったし日も暮れ始めていた。
もう脚が限界だ、そう思いうつむいた時に天領寺は足元を小川というには細すぎる水脈を見つけた。その水は見たことのない虹色の光を微かに放っていた。
水が流れている、もしかしたらその先に休めそうな泉があるかもしれない。天領寺は回らない頭でそう考える。
そんなことを考えているうちにあっという間に日没の刻になっていた。
あたりは暗くなり始め明かりといえば上空の月と足元の光る水のみであった。
もうこうなっては光る水脈を頼りに歩くしかないが一体どれほど歩けば泉にたどり着くか、と天領寺が絶望しかけたその時であった。
森が開け、そこには眩い虹色の泉が広がっていた。
「やっと休憩できるぞ……先ずは水を飲まなければ」
天領寺は泉に一歩ずつ近づく。
ズシン、ズシンと巨大な足音が聞こえたのはまさに天領寺が泉に手を入れようとした瞬間だった。
ズシン、ズシン足音は確かにこちらに向かっている。
天領寺は固まった。満身創痍のこの体では魔物とは戦えない。
バキバキと森の木をへし折って現れたのは天領寺がいつかテレビゲームの中で見たゴーレムのような姿をした魔物だった。大きさはおそらく3メートルをゆうに超えている。体は岩石のようにも見えたし関節からは火を吹いていた。
「マジかよ」
天領寺が独り言のように呟くと
「ゴアアアアアア!!」
とゴーレムがこちらを視認し唸りを上げ突進してくる。
「うわああああああ!!」
天領寺の悲鳴などお構いなくゴーレムは勢いよく右腕を振りかぶって、その拳を天領寺の身体に叩きつけた。
天領寺にはミシミシと身体をかばった両腕の粉砕する音が聞こえた気がした。
そして天領寺は勢いよく吹っ飛んだ。
泉の方へ。
ざぶんという水の音とともに天領寺の体は泉に沈んでゆく。
一見浅いと思っていた泉はどこまでも深く、そして温かかった。水中から水面を見上げるとキラキラと無数のオーブのようなものが漂っていた。そして不思議なことにその湖の水は吸い込んでもなんともなかったし、むしろ身体の疲労感がほどけていくような感覚すらあった。
どんどん沈んでゆく身体、水深はもうわからないくらいに深く沈んでいた。このまま死ぬのかと考えていた時だった。
「おやおや、久しぶりのお客さんだねえ」
天領寺の背面から声がした。驚いた天領寺は身を反転する。
するとそこには泉の底が広がっていて老婆が一人立っていた。もう水面は遥か彼方だった。
「おや、その外見から察するにこの言語が適正だと思ったのだが間違いかね?」
天領寺は事態を飲み込めないまま
「いや、日本語で大丈夫です」
と自分でもびっくりするくらい間の抜けた声で老婆に答えた。
天領寺も泉の底に立った。
「さて何から質問すべきか」
老婆は少し首を傾げた
「異世界の者よ、名などきかん。お前の能力を教えてくれないか、ここは特定の能力を持つものしか入れない世界での」
「え、能力ですか? あの……申し訳ないのですが特にないです……」
「は?」
「え?」
泉の底で広がる沈黙。
「嘘を言うでないぞ!!じゃあどうやってここにたどり着いたのじゃ!!」
「いやあ、ゴーレムに吹っ飛ばされて……」
「ゴーレムにいくら吹っ飛ばされてもここにたどり着くのは不可能じゃ」
「じゃあなんで……」
「それはワシが聞きたいわい!!」
なぜが怒られる天領寺。
「それならばワシの手のひらに触れてみい、お主の隠している能力が見えるはずじゃ」
そう言うと老婆は手のひらを天領寺に差し出した。その手は青白く輝いていた。
その手に言われるがまま自分の手のひらを重ねる天領寺。
ボッと青白かった光が赤に染まる。
時間にして約10秒ほどの出来事であったが光がだんだん萎んでゆく。
なるほど、と口を開いたのは老婆だった。
「お主の記憶見させてもらった、本当に自分の能力がわかっていないみたいじゃな。」
「いや能力もなにもないですから……」
天領寺がそう言うと被せるように老婆が
「いいや、とても奇妙な能力を持っておるようだ」
え、と天領寺は呟いた。
「先ほどのゴーレムは今頃両腕が粉々になっておるであろう」
「え?」
つまりは、と老婆は続ける
「お主の世界ではなんと言えばいいか……そう!!コピペじゃ!!」
「はぁああ!?」
天領寺はまた間抜けな声を出した。つまりはと老婆
「自分の身体のステータスを他のものにまるっきり与える能力じゃな、無意識のうちにさっきのゴーレムに使っておったようじゃ」
「骨が砕ければそれをゴーレムにそのまんま返せるし身体が元気なら仲間を回復させることができる、そして運よくこの泉の力で回復できたわけじゃな」
「あの……結局俺の能力って……」
「だからコピペじゃ!!!」
また怒られる天領寺。
「意識的にできないならできるようにするまでじゃ!!」
そうして天領寺の奇妙な能力その名もコピペ、の特訓が始まるのであった。
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