第22話 長い夢の最果てで

 不気味に笑う早乙女の前で天領寺の中の何かが熱を持ち始めた。

 この絶望的状況において天領寺は、戦いの中死んでいった者たちを思い返していた。

 戦友、いや確かに心を通わせた親友たち。

「……くう」

「何だって? 聞こえないよ天領寺君」

 早乙女はまだ笑っている。

「救う……この世界も原始世界もまゆも、ハイライト、いや高辻も。それが死んでいった者たちの願いであることがわかるんだ」

 天領寺の瞳に力がこもる。もはや憎しみや苛立ちのそれではなく、その瞳の奥の炎はどこまでも真っ直ぐ進む力を秘めていた。

「あら貴方さっきの話を聞いてなかったの? 真弓さんの力を使えば原典に書かれている崩壊は免れるかもしれない、でもね、原始世界はどうなるかわかったものじゃないわ。まだ理解できないの?」

「早乙女先生、あなたは大きな勘違いをしている。原典とはただのおもちゃではない、希望そのものなんだ」

「言っている意味がわからないわ、原典通りにことが進めば世界は崩落するのよ」

「そう、確かに崩落するかもしれない。でもその原典の本質はまゆと高辻の描いた希望だということ、それを忘れているんだ」

 足元がまたズズっと音を立てて歪む。

 時間がなかったが天領寺に焦りはなかった。

「そのまっさらな原典、早乙女先生が持っているそいつには確かに俺には何も見えなかった。それが唯一の救いだった」

 早乙女の笑いが止まる。

 高辻はゆっくりと慎重に掌を原典に向けた。

「まさか、やめ」

 早乙女が言い終わる前にすべてが終わった。

 天領寺は真っ白な原典を自身の手の中にコピー&ペーストした。

「早乙女先生、これは僕の能力です。でもこれは一人ではたどり着けなかった、死んでいった仲間たちが与えてくれた希望の力だ」

 そしてと天領寺は続ける

「そしてこのまっさらな原典、これはまゆと高辻の希望の源だ。これからすることはただの僕の願望ではない、よく聞け自分のしたことの愚かさを噛み締めながら」

 早乙女は何が何だかわからないという表情だった。もはや神とは呼べない人間の表情だ。

「原典が二冊!? 天領寺あなた一体!?」

 天領寺は崩れ落ちてくる天蓋も無視してゆっくりと原典を開く。

「今からこの二冊目に僕の希望の物語を書く。早乙女先生あなたの望まない結果になるだろう。そしてこの二冊目こそ真の物語になる。長く続いたこの世界のエネルギーを今なら感じることができる。大きすぎるんだよ、そのエネルギーは。」

「てっ天領寺まさか!?」

「そう僕が今まで仲間たちから手に入れた力、神の力、それとこの世界のエネルギー両方を使わせてもらおう」

 天領寺が持つ二冊目の原典の1ページ目に文字が次々と浮かび上がる。その量は加速度的に増していきページが次々とめくられパラパラと音を立て輝き始める。

「早乙女先生、残念ながら僕の描いた原典はこうだ」

 そう言い終わらないうちに早乙女が足元から徐々に石化していく。

「天領寺!!貴様何をした!!!」

「簡単なことなんですよ、この世界のエネルギーを使って原始世界は救わせてもらう。そして僕のすべての力を使ってこの世界の新しい物語を紡ぐ。」

「この石化は何だ!? 早く解け!!」

 天領寺はただ淡々と続ける。

「あなたはさっき自分を神だと自称した、だから神としてこの世界にいてもらう!!永遠に!!!」

 早乙女の石化とともに徐々に世界の崩落が止まっていく。

「この世界の巨大すぎるエネルギーすべて使ってあなたをこの世界に縛り付ける!!そしてあなたの望み通りあなたはこの世界の神として永遠に崇められるだろう!!もちろん僕の描いた原典にはあなたは女神像として、と書かれているが」

 もはや早乙女は口元まで石化が進み声も出ないようであった。目だけは天領寺を睨んでいた。

 そして世界の崩落が止まった。

 だがまだ二冊目の原典は光を帯びて文字を刻みつづける。

「まだ俺の力が残っている。この力でさらに原典を書き続ける!!原始世界を救うのは俺の、いや今まで出会ったみんなの力だ!!」

 やがて二冊目の原典の光がさらに大きくなりその場にいた全員を包んだ。



 私立聖陵学園の男子寮204号室で天領寺和矢は目を覚ました。

 二段ベッドの下では高辻誠がいびきもかかずに熟睡している。

 天領寺は何だか長い悪夢を見ていたようなそんなような気がした。

 腕時計の時刻は23時30分を指していた。

 はっ、そういえば岩動さんに呼び出されていた!!なんでこんなギリギリの時間まで寝ていたのだろうか。

 天領寺は急いで身支度をしてこっそり部屋から出ていく。

 何とか24時ちょうどには噴水の前にたどり着いた天領寺は岩動真弓に告白されるのではないかとドキドキしていた。

 コツコツと背後から足音が近づく。振り返るとそこには真弓の姿があった。

「ど、どうしたのこんな夜中に呼び出して」

 天領寺は何とか声を振り絞る。告白されると思った。

「天領寺君、渡したいものがあって」

 ら、ラブレター!?天領寺のテンションと心拍数が大きく上がる。

「これ、何だかわからないけれど真っ白な本の最後に天領時君の名前が書いてあって……」

 ん?本?

 よく見ると分厚い本を真弓は持っていた。そしてその最後のページに天領寺の名前も記されていた。

「確かに、俺の字だけれど」

 こんなの書いた覚えがないぞ??

「私も天領寺君をなぜここに呼び出したのか覚えてないんだけどこの本が私の机においてあって、だからこれを渡そうと思ったの」

 不思議そうな顔して空白のページをめくる真弓。

 何だか拍子抜けしてしまった天領寺。

「おいこら天領寺てめえ!!!!」

 といきなり怒声が響く。

 そこに現れたのは海堂陽向だった。

「何、真夜中に真弓と会ってんだよ!!!まさかいかがわしいこと企んでんじゃねえだろうな!!」

 自体を全く把握できない天領寺は

「え? いや俺、本」

 と意味不明なことを口走っていた。やばいフェンシング部の部長じゃないか!!

 天領寺は一目散に自室へ逃げた。


「ということがあってさあ、何なんだろうなこの本」

「いやお前の字なんだから俺に言われてもなあ」

 と高辻。

「で? 告白はなかったのかよ」

 高辻の問いに天領寺は首を横にふる。

 なぜかホッとしたような高辻の顔を見て天領寺は何ともいえない気持ちになった。

「てか突然早乙女先生がいなくなったってマジ?」

 高辻は話をそらすようにそういった。

「らしいよ、何でも防犯カメラにもどこにも映らずに学校から姿を消したらしい」

 天領寺は低いテンションでそう答える。

「こええなあ、オカルト話みたいじゃんか」

「まあ、警察も探してることだしすぐ見つかるだろ」

 

 消えた女教師など目もくれず平和な学園生活はただただ彼らを見守っていた。

 まっさらな本と共に長い長い夢の最果てで。

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リレー小説:異世界と無能と超兄貴と意外な助っ人と宿敵と協力と老婆と推測と惨劇と敵の正体と真実の欠片とハイ・ライトと火の高位精霊と突然の別れと赫奕たる炎のさだめとケツイとカクゴと(以下続く) 深上鴻一:DISCORD文芸部 @fukagami

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