第19話 神々の黄昏と
「来たな〝終端の神(エンディア)〟」
和矢達が始原の神殿に足を踏み入れた瞬間、何者かに話しかけられた。
しわがれ、かぼそく、消え入るような声であったが、和矢はどこかで聞き覚えのある声のような気もする。
「姿を現して。……見えない相手と語り合う気はない」
シェキーナの凛とした声が響く。
「この期に及んでお前らと語りあう気など……いや、語り合う必要など無いのだがな」
闇の中から咳き込む音とともに、誰かが喋った。
「やれやれ。〝光あれ〟」
言葉とともに、周囲が明るくなる。和矢は首を動かし光源を探したが、見つからなかった。
「さすがにこの中なら、まだこのくらいの力は行使出来るのだな」
和矢達の前方、歩幅にして二十歩くらいのところに、背の低い老いた男が立っていた。全身をゆったりした着物で包んだその老人は、自嘲気味に笑っている。
「ハイ・ライト?」
「高辻! お前は高辻誠なのか!?」
シェキーナと陽向がほぼ同時に問うたが、
「好きなように呼ぶがいい」
と、老人は口元を歪めて言葉を吐き出すのみであった。
「この二人は呼び名を聞いているんじゃなくて、お前は誰かって聞いてるんだ。……高辻なんだろ?」
和矢が言うと、老人は大きく口を開け何かのタガが外れたように、笑い始める。
「そうだよ! 空気を読まないところは相変わらずだな、和矢! 俺は高辻。高辻誠だ。なつかしい名前だがね。もう長いことその名で呼ぶ者はいなかった」
「……まゆもか?」
「〝まゆ〟などと親しげに呼ぶな!」
陽向の言葉尻をとらえ、老人は激昂した。
「貴様のその勘違いのおかげで、どれだけ真弓が苦しんだことか! 挙句の果てにこの世界にまで……!」
「もういいでしょう」
新たな声が会話に加わる。
「それはわかっていたことではありませんか、ハイ・ライト。あなたもしつこい性格ね。私達にとっては、もう遠い遠い昔の話なのに」
老人……高辻誠の後ろに、長い階段がある。神殿の内壁と同じ、チリ一つない純白の階段だ。その上から降りてくる者がある。女性のようだった。顔がフードで隠れているのでよくわからなかったが、歩き方や姿勢から相当な歳であることが読み取れる。
「結局私達は何も変えられなかった。それだけのこと。全ては予め記されていたのにね」
その者の手には、一冊の本があった。
「それは……教団の歴史書?」
シェキーナの質問に、老女は笑って首を振る。
「あなた達の知っているものとは全然違うものよ。外に出しているものは、これを元にハイ・ライトの知識や経験を加えて書き足しながら、定期的に出版しているもの。これはその原典。この世界の初めから終わりまでの、全てが記されているの。アカシック・レコードみたいなものと言えば、そちらのお二人にはわかるかしらね」
「う、うん。わかるよ」
和矢は肯定する。かつて高辻が『世界のあらゆる事象が記されているもの』だとか、オカルト話の時に説明してくれた。
「……それはこの世界のものではないな? まゆ」
日向はしつこく〝まゆ〟呼びを止めなかった。高辻が睨んでいるが、全く意に介さない。
「あなたにそう呼ばれるのも、今となってはとてもなつかしいわ。陽向さん」
老女の声が、一瞬若やいだ気がする。薄っすらと喜びのような感情すら混じっているように、和矢には思えた。
「ど、どういうことなの? 陽向さん」
「私は、あれと同じものを、いつか理事長室で見た事がある」
「理事長って……早乙女さんの?!」
和矢は、そういえば理事長のお気に入りだった陽向はよく理事長室に出入りしていたことを思い出した。
「ねぇ、それって始原の世界の話をしてるの?」
「ああ」
陽向の応答は、和矢とシェキーナ両方の問いに対応するものだろう。戸惑っている二人と対照的に、陽向は無感動な様子である。
「私にはなんとなくわかってきたよ。この事件の黒幕が……。あの黒騎士〝影無き闇〟だったか。あれは君達の創造物じゃないんだろう?」
高辻誠も岩動真弓も、陽向の問いかけに答えなかった。
「シェキーナ、この世界に私達のような異世界人は良く来ていたんだよな?」
「う、うん」
シェキーナは戸惑いながら返事をする。
「〝目的を果たすか、死ぬかすると姿を消す〟という話のようだったが、その現場を見たことがあるか?」
「ないよ、そんなの。そういう伝承になってるだけ」
「私は〝目的を果たす〟も〝死ぬ〟も多分同じ意味だと思う。つまり、目的を果たした者を黒騎士が斬っていたんだ。そうすると始原の世界に戻る、という仕組みなんだろう。私達の時を思い出してみろ、天領寺」
「あ、ああそうでしたね!」
和矢と陽向は夜の学校で黒騎士に斬られることで、この世界に来たのだ。
「で、でもあの教団の歴史書を読む限り、高辻も岩動さんもそのことを知らないみたいでしたけど……」
「うん。だから、あの黒騎士は彼らの造ったものではない、という結論になる。高辻誠もまゆも、私達を殺したかったんだから。……あの歴史書の記述を信じるのなら、だが」
陽向はあっさり言った。
「おそらく、あの黒騎士こそがこの世界の真の創造者なんだ。もしくはそれに連なる者か。高辻もまゆも、手駒に過ぎない。……と、私は見るね」
「黒騎士はアルがやっつけたよ!」
シェキーナが反論するが、
「生きてるさ、多分。今もどこかでこの情景を見てるよ」
陽向は淡々と言葉を紡ぐ。
「流石ですね、陽向さん。久しぶりに会ったけど、やっぱりとっても聡明な人。……色恋が絡むとまるっきりの阿呆になるのに」
岩動真弓はため息をついた。
「やっぱり……この二人がこの世界に来てしまった時点で、もう終わりだったのね」
「諦めるな、真弓!」
高辻誠が力をこめて叫ぶ。
「そいつらの言う通り、まだ聖騎士は生きている。ここに呼んで……」
高辻は最後まで言い切ることが出来なかった。激しく咳き込み、老いた身体をくの字に曲げる。
「無理をしないで、ハイ・ライト」
岩動真弓は静かに階段を降り、そっと高辻の肩に手を置いた。
「もう力は幾らも残ってないのでしょう? ラピスラズリの洗脳を解かれた時も、尻尾を巻いて逃げてきたじゃないの」
「あれは……」
高辻の言葉を遮るように突然地鳴りが起こり、建物全体が激しく揺れる。
「な、なんだこれ!?」
「崩壊が始まったのよ」
和矢の驚きの声に対し、真弓はくすりと笑った。
「あなたは〝終端の神(エンディア)〟になった。この世界はもう終わり」
「どういうことなんだ、まゆ?」
陽向さんでもおわかりになりませんか、と呟き真弓は睫毛を伏せる。
「和矢さん、あなたがコピペして力を取りこんだ〝上位精霊〟ってなんだと思っていたの? 彼らは普通の精霊じゃない。文字通りこの世界を司る力を持つ、上位の者たち。早い話、私が彼らの力をブーストして、この世界の根幹を維持していたのよ」
「そ、それがどうして……?」
「あなたは私と同じ。神になった。神に神の力は作用しない。この世界にはもう、床下を支えていた上位精霊の力は消えてしまったの」
揺れはどんどん激しくなっていく。
「派手なラストバトルが始まると思ってた? 始原の世界のゲームやアニメみたいな。現実はもっとあっさりしてるのよ。上位精霊の加護は失われ、この世界は崩壊する。ジ・エンド」
「和矢! 君の上位精霊の力を早く誰かにコピペしろ! もしくは真弓の〝ブースト〟を自分にコピーするんだ! 可能かどうかわからないが、試してみよう!」
陽向が叫ぶ。
「まあ、やってみればいいわ。もうこうなったら、私たちも一緒に見物しましょ、ハイ・ライト」
真弓は、高辻の腕に自分の腕を絡め、そのままぎゅっと手を握った。
「〝影なき闇〟と一緒にね……」
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