第17話 カクゴと

アルを弔うかのように、傾いた太陽が照り付けていた。

ひとつ、またひとつと越えた山の先に、ついに始原の神殿が現れた。

しかし眼前に広がる谷には、夥しい数の黎明の十字団たちが配備されていた……。


「報告します! 黎明の十字軍、各地方の兵が集結、その数…2万!」

斥候の報告に、帝国軍の将は顔を伏せた。 義勇軍を加えて僅か1000の兵達は、構えて動かない十字軍を前に互いの不安を突き合わせている。


「やるしかない…俺達は進むしかない! 終わらせるぞ、行くぞ陽向!」

「えっ…ちょっと! 天領寺!」

和也が軍幕から飛び出した瞬間だった。

浮遊感、あるいは浮揚感。どこまでも暗く、しかし温かい。

上を見上げると無数のオーブのようなものと、同じく落ちてくる海堂陽向の姿があった。

「さてさて、何から話すべきか」

クソババアこと、泉の貴婦人であった。

ただ俺には、もうそんな悠長な時間はないんだ…!


「じゃあクソガキはひとまず置いておいて、久方ぶりじゃの、ヒィ・ナター」

「お久しぶりです貴婦人、その、できればその呼び方は、恥ずかしいので…」

虚空に怒鳴る和也を横に、二人は頭を下げた。

「さあ、時間があまりないのは本当だから手短にいくよ。 まずはカイドゥさん、あなたの始原の力を使ってほしいのよ」

老婆は浮力に任せるように、ゆっくりと手を掲げ、和也を指した。

「そんな、どうして……」

「おやおや、暫くみないうちに随分と変わってしまったね。 まるで誰かに誑かされてるみたいじゃないか」

ゆるりと笑みを投げかけられた刹那、海堂は提げていた刀を抜いた。


「俺達は高辻を……え?」

「感謝します、貴婦人」

やっとちゃんとお話ができるね、と笑う貴婦人を、和也は呆気に取られて見つめていた。


「天領寺、端的に説明するわね。 始原の神殿はここと同じ、本来特定の能力を持つものしか入れない場所で…聞いてる?!」

繋がれた二人の手に輝く赤い光を眺めながら、和也はぼんやりと頷いた。

「後で説明するけど……癪だけど私の始原の能力”絶対切断”をコピーして。あと、貴婦人の能力もコピペして、天領寺!!」

「はいっ! はい!」

「ああー…そこからか。 私達に掛けられた幻術を切断した。 つまりはあんたも騙されてたってわけ。 助けてあげたことと”絶対切断”をコピーさせてあげることで2つ貸しね。 あと、殴られたの忘れてないからね」

抜き身を向ける陽向に、無心で和也は絶対切断と泉の遮断能力をコピーした。


「じゃあ、あとはこの子も連れてきたから、一緒にね。 ……がんばるんだよ」

「シェキーナ、どうして…」

漂う長耳の少女を和也が抱き留める。

泡になって消えていく老婆を二人は見送った。


潮が引くように、水が消えた。

始原の神殿、正門。薄灰の石塔が並び、今は橙に染まっている。

階下には何もおらず、道なりに眺めると遠くの丘の上に帝国軍が布陣し、谷を恐れるように二の足を踏んでいる。

「あの、陽向、シェキーナは」

刀を納めた陽向は、差し込む夕陽に手を翳して答えた。


「風の上位精霊が目覚めたら、すぐにコピーして」

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