第12話 ハイ・ライトと

 夜の森の中を蠢く集団がある。ゴブリンたちだ。

 手に握る松明の灯で闇を払いながら動き回る様は、傍目からはまるで暗闇に浮かび上がった無数の鬼火を思わせる。

 ぽつぽつと灯り、ゆらゆら揺れる赤い火は、円を描くように配され、行ったり来たり忙しなく森の中を動き回っている。

 ――斥候であった。ゴブリンたちは命じられ不寝番をしているのだ。

 万一の夜襲を警戒する、円状の哨戒網の中心部には、ゴブリンたちが握る松明よりも尚赤く、煌々と燃える篝火があった。

 篝火の傍にある倒木の上に、一人の男が腰掛けている。

 年季の入ったフード付きの法衣を纏っている。無地で黒一色の飾り気のない法衣だ。唯一点、胸元に付けられた十字星を象ったブローチだけが例外である。それは、『黎明の十字団』の紋章であった。

 黒い袖から覗くしわがれた手は、老木を想起させる。男は、その手をまるで星を求めるように天に向かって伸ばす。

『星々よ堕ちよ』

 男が発した言葉は、只の言葉ではなかった。それは力ある言葉。……されど、何事も起こらない。男は自嘲するように笑う。

「衰えたものだ。昔なら星の一つ二つと言わず、流星雨のように星々を降らせたものを……」

 男――ハイ・ライトと呼ばれる老人の能力は『言霊』であった。

 かつては絶大な力を誇り、この世界で最強の名をほしいままにしていたが、老いと共に『言霊』の能力は弱まっていき、今では秀でた魔法使い程度の真似事しかできなくなっていた。

「忌々しいことよ。ワシに往年の力が残っておれば、あの二人を殺すことなど容易いというのに。……今では、薄汚いゴブリン共を従わせねばならんとは」

 ハイ・ライトは頭を振るう。

「……致し方のないことだ。形振りなど構っておられぬ。我らが創生した、この世界を、我らの箱庭を守るためには……」

 ハイ・ライトの呟き。『我らが創生した世界』、これは、『黎明の十字団』の聖典にも記されていることだ。

 曰く、地母神マユミェンテが『光あれ』と口にしたことにより、この世界は生まれたという。夜明けのような眩い光と共に生まれたのだと。

 故に、地母神マユミェンテを信奉する教団は『黎明の十字団』を名乗っているのだ。

 この名乗りは伊達でも酔狂でもない。語られる神話も与太話ではない。

 事実、この世界は、彼らが『始原の世界』と呼称する世界にあった神話を元に、創生されたものなのだ。

 そう、『始原の世界』、元の世界で特異な能力に目覚めた少年少女の手によって。

 ……もっとも、正確ではない所もある。

 実は、『光あれ』と唱えたのは、『言霊』の能力を有するハイ・ライトの方だ。

 地母神マユミェンテの能力『ブースト』――他者の能力を爆発的に向上させる能力の支援を受けて、この人造世界は造られた。

 少年少女は、最初は無邪気な遊びとしてこの世界を作った。大好きな創作世界であるファンタジーに似せて。

 遊びだった筈のものが変容してしまったのはいつからだったろうか? 少なくとも、老境の域に達したハイ・ライトにとっては大昔のことだ。

 長い、長い時を、ハイ・ライトは妄執と共に生きたのだ。

「出でよ、〝影なき闇〟よ……」

 ハイ・ライトの呟きと共に、彼の傍に何の前触れもなく、一体の騎士が現れる。夜の闇よりも尚黒き騎士が。

「街の生き残りや、帝国兵はゴブリンどもに任せておけ。貴様は、必ずあの二人を殺せ」

 ハイ・ライトの命令に黒騎士は一つ頷くと、夜の闇に溶けるように消えていった。

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