第11話 真実の欠片と

「た、高辻が?! それは確かなんですか?」

 信じられない。ちょっと変なところはあるが、気の良い男だったあいつが?

 和矢はショックを隠せなかった。

「高辻がこっちに来ているにしても、まさかそんな悪い奴になってるなんて……」

 そう思うのも無理はないな、と陽向はよりシリアスな面持ちを見せる。

「落ち着いて聞いてくれ、天領寺。私はこのようになってしまってから、短い間だが敵について調べてみたんだ。そして、私の調査した事と元居た世界の記憶、アルの知っていた『黎明の十字団』の知識を合わせてみた結果、この結論に達した」

 アルは頷いて同意を示し、後に続ける。

「『黎明の十字団』を率いている最高位魔術師は、君達の世界での〝高辻誠〟に間違いない。こちらの世界で彼は〝ハイ・ライト〟と呼ばれているが」

「〝ハイ・ライト〟ですか……陽向さんの見え見えの偽名とは一味違いますね……」

「お前と宿敵なのは変わってないんだからな? また勝負するか?」

 陽向はキッと険呑な視線を飛ばした。

「ぼ、僕だってもう無能力者じゃありませんよ! この前みたいにはいきませんから!」

「知ってる。コピペだよな? お前はその能力を使いこなせてるし、やり方によっては恐ろしい力であることもわかってる。でも、私にはタネが割れてる。能力を使う前に一撃で絶命させればいいんだ」

「二人とも、いいかげんにしてください! カイドゥも、和矢も!」

 アルが苛立ちの声を上げる。

「くだらない仲間割れを起こしている時ではないでしょう! 我々全員が力を合わせても勝てるかどうかわからないのに……」

「いや……すまない。私も修行が足りないな」

 陽向は素直に謝罪し、和矢に握手を求めた。

「いえ、僕のほうこそ。つまらないことを言ってしまいました」

 二人が仲直りするのを見て、アルは心底ほっとしたように一息つく。

「本当に……仲間同士でいさかいは避けてくださいね。まだ大事なことを話していないんですから」

 まだ何かあるのか? と和矢は緊張し、思わず唾を呑んだ。

「ああ、そうだった。ハイ・ライト……高辻誠はどうも、この世界に過去何回か来ている形跡がある」

「……えっ? それってどういう……?」

 陽向の言葉はなかなか衝撃的だっただけに、和矢はすぐには把握出来なかった。

「ハイ・ライトは教団の歴史の節目に何回か登場している。色々情報を集めて、様々な角度から検討した結果、それらは同一人物である可能性が極めて高い、ということなんだ」

 アルは陽向の言葉を補足する。聞き違いではない、と確認して和矢は生唾を飲み込んだ。

「よ、よくわからないけど、名前を継いでる、とかでは? 二代目、三代目、みたいな……落語家みたいな感じで」

「僕も、というか『黎明の十字団』に少しでも興味のある人間は、みんなそう思ってたよ。彼らが出している公式の歴史書があってね」

〝ほら、これだ〟と言いながら、アルは一冊の古ぼけた書物を差し出した。本の表には『黎明の十字団~その栄光の軌跡~・第7版』と記されている。

「この本は最高位魔術師ハイ・ライトが書き継いでいるものだ、と彼らは主張している。この本によると、ハイ・ライトは地母神・マユミェンテが始原の世界にいた頃からの従者であり、彼女と共に向こうからこちらの世界に何度も干渉していたらしい」

「私も読んだけど、まゆと高辻がその〝遊び〟を始めたのは聖陵学園に入ってからのようだな。……お前も私も知らない間に、二人は何回かこっちと向こうを行き来していたようなんだ」

 その書き方だと〝マユミェンテ〟は岩動真弓で確定ということになるのか……?

「私はそっちの世界のことはよくわからないが、カイドゥによるとここに描写されている〝始原の世界〟は、君達の元居た世界のことと思って間違いないらしいよ」

 アルは肩を竦めて言った。

「高辻はこっちの世界で老人の姿なんですよね? なら、老人になってからこっちに来たのか、それとも僕達より過去の時代に飛ばされたのか……」

「高辻が最後にこちらの世界に来たのは、私達と同じタイミングみたいだ。まあ、ここを読んでみてくれ」

 和矢は、陽向の示したページに目を走らせる。

『……私と女神の立てた計画は完璧のはずだった。これであの二人の悪魔を抹殺できる。この素晴らしい世界を守ることができるはずだったのだ! 女神がカズゥをおびき寄せ、私が女神に懸想しているカイドゥにそのことを知らせる。そうすればあの変態レズ色魔は嫉妬に狂い、カズゥの元に向かう。そこを聖騎士〝影なき闇〟が二人まとめて討ち取るはずだったのに! ……あの時何が起こったのか、未だにわからない。影なき闇の刃が二人を襲った、と思った瞬間、あいつらはこの世界に転送されていた。まったくわけがわからない。あの瞬間、何が起こったのか悟った女神は言った。〝……しょうがないね。私達もあの世界に行かなきゃ〟私は答える。〝で、でも、もう一回行ったら、もう戻ってはこれない! あの世界の住人には気の毒だけど……〟〝そうはいかないよ。責任があるもの〟女神の瞳はあくまでも澄み切っており、慈愛に満ちていた。私は自分の心の汚さを恥じた。

〝じゃあ……〟ゲートを開こうとした私を女神が止める。〝待って! あの二人と同じ時間に飛んでもダメだよ。先に行って準備をしておかなくちゃ。……でないと、あの恐ろしいカズゥやカイドゥには勝てないよ〟〝……彼らを、『黎明の十字団』を使う気なの?〟〝うん。今までは遊びだったけど、彼らもちゃんと組織して、鍛えなおして戦えるようにしなきゃ。……そして私達も強くなるの。ほんとの神様(※注1)や伝説の魔術師みたいに〟私は頷いた。そして私と女神は、始原の世界に別れを告げ、この世界にやってきたのである。※注1・ここでいう『ほんとの神様』とはマユミェンテ様特有の謙遜の表現である。マユミェンテ様が偉大な地母神であることは疑いをいれない。全てを額面通りに受け取ると深遠なる真理が理解できなくなるので注意すること。』

「変態レズ色魔って……」

「高辻誠には特に恨みは無かった……というか正直良く知らなかったんだが、これを読めて良かったよ。多少人柄を知ることが出来た。私とは合わないみたいだ」

 陽向は無表情で言い放つ。

「マユミェンテは数百年前にこの世から消えた、とされていたんだが……。どうも黎明の十字団の持っている施設のどこかに潜んでいるようだ」

 アルは厳しい表情で言った。無理もない。『神』と言われるほどの人物なのだ。しかもこの本の内容によると、ほぼ敵と思って間違いなさそうなのである。

「あの夜襲ってきた、黒い鎧ってここに出てくる聖騎士とかいうやつですよね。あれも強そうだなあ……どうせ何か特殊能力があるんだろうし」

 陽向は軽く鼻を鳴らし、和矢に同意した。

「〝影なき闇〟はこの歴史書によると、何百年も黎明の十字団の聖域を守り続けている騎士らしい。手強いだろうが、立ち塞がるのなら排除しなければな」

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