第20話 あの方と
「まあ、やってみればいいわ。もうこうなったら、私たちも一緒に見物しましょ、ハイ・ライト」
真弓は、高辻の腕に自分の腕を絡め、そのままぎゅっと手を握った。
「影なき闇と一緒にね……」
そう言った真弓の後ろ、その暗闇の中から現れた者があった。その暗闇よりも黒い色をした鎧を身につけた騎士、影なき闇こと黒騎士である。
和矢はそれを見て言う。
「アルが倒したはずなのに!」
陽向は言う。
「私が予想した通り、やはり死んではいなかったのか」
高辻、真弓、黒騎士。
それに対峙する和矢、陽向、シェキーナ。
建物自体の揺れが、次第に激しくなってきた。始原の神殿の崩壊が近づいているのだ。天井からは石煉瓦が落ち始めた。それが床に落ち、派手な音を立てて砕け、破片が飛ぶ。
「ど、どうすればいいんだ!?」
動揺する和矢。
やっとここまで辿り着き、大好きな真弓に(歳を取った姿だが)再会し、敵の親玉であった高辻も目の前にいる。
だが、自分がここに来るまでに上位精霊をカット&ペーストしたことにより、この異世界は崩壊しようとしているのだ。
自分がどうすればいいのか、どうしたいのか、和矢にはわからなかった。
元の世界に帰りたい? この世界を救いたい?
自分は一体、なぜここに来た? 来てしまったんだ?
そんな突然の悩みに陥った和矢の頬を、陽向が平手打ちした。
「いつかの仕返しだ」
陽向は言う。
「お前は、
それで和矢は、自分でも驚くほど冷静になった。
「ありがとう、陽向さん」
和矢は真弓たちの前で、手を挙げて言う。
「森の上位精霊ラピ、ことラピスラズリ」
和矢は言葉を続ける。
「彼から貰った、蔓の能力を使う! 蔓よ、この始原の神殿を支えろ!」
床に敷き詰められた石を突き破って、たくさんの蔓が現れた。それは高く伸びて天井を支え、床を伝わって這い、壁を補強する。
「かつて、カリシュの街にいるすべてのゴブリンを縛り上げたほどの能力だ。この神殿の崩壊を防ぐくらい簡単だよ」
和矢は、一歩、前に出た。
「さあ、真弓さん! この世界の崩壊を防ぐため、そのブーストの力を貰う!」
「もう遅い! すべては遅いんだよ! 私と真弓が愛し、創造したこの世界!」
高辻は、自分の腕に絡められていた真弓の手を乱暴にほどき、同じく一歩前に出た。
「それは今、崩壊する! お前のせいでな!」
高辻は、和矢にその指を突きつけた。
「黒騎士、こいつらを殺せ! せめてもの仕返しだ!」
だが黒騎士は動かなかった。身体をぴくりとも動かさなかった。
「馬鹿な! あのお方から頂いた忠実な騎士が、私の命令に背くというのか? はは! ははっ! なんてことだ!」
「あのお方? それがこの世界の真の創造者なのか? やはり黒騎士は、それに関係する者なんだな?」
「そうよ」
女性の声がした。今まで聞いたことのない声だった。この世界では。
この異世界にはまったくそぐわないタイトなスーツを着た女性が、ゆっくりと階段を降りてくる。和矢は、その人物にどこか見覚えがあった。一方、陽向はその人物のことを詳しく知っていた。
さすがの陽向も動揺し、大きな声を出す。
「早乙女理事長!」
それで和矢も思い出した。この女性は、和矢たちが通っていた私立聖陵学園の理事長、早乙女七星だ!
だが、なぜこんなところにいるんだ?
「ふふふ。すべてを説明しましょう。少し長くなってしまうけどね」
早乙女理事長は、階段の途中に腰掛けた。
「私はまず、岩動さんと高辻くんのふたりに、能力を与えたの。岩動さんにはブーストの能力、高辻くんには言霊の能力をね」
「そうそう、高辻くんには、ふたつの世界を行き来きするゲートを出現させる力も与えたわね」
「私は、ふたりにキャンバスをあげたの。真っ白な、何もない宇宙をね。そしてふたりは、この宇宙の中に世界を描いた。大好きなファンタジーに似せてね」
「最初に生まれたのは、光の上位精霊であるシェキーナ。そこにいる女の子よ。同時に生まれたのは、暗黒の高位精霊であるマハーカーラー」
「そして4つの高位精霊が創られ、この世界を支えることになった。岩動さんが、彼らの能力をブーストすることによって、それは保た。でも」
早乙女は首を振った。
「完成したこの世界は、不完全だった。失敗作だった。そうよね?」
その早乙女の問いかけに、ゆっくりと頷く岩動。何も答えない高辻。
「ファンタジー世界というのは、そもそも存在が無茶なのよ。魔法、精霊、そんな力があったら世の中はめちゃくちゃになって当然だわ。たとえば怪物、モンスターというものがいるわね。それはファンタジー作品の多くに登場するけれど、最初から悪の意思を持つ存在、しかもその集団なんて存在するわけがない。だから創ってしまったら、世界のバランスは崩れ暴走する。そして人間には、もう止められない。普通の人間には、という意味だけど」
「なるほど」
陽向が口を挟んだ。
「そのために、この異世界へ何度も異世界人、つまり勇者が送り込まれてきたという訳か」
早乙女は笑って頷く。
「そう。私はたくさんの人間に能力を与えて、この世界の、様々な時代に送り込んできたの。すべては、この世界を救わせるために。しかしその勇者の能力は、あまりにも強力すぎた。世界を救ったら、もう勇者なんて必要ないんだわ」
「私の予想した通りだな」
「さすが陽向さんね。私がふたりに与えた忠実な黒騎士は、仕事を成し遂げた勇者を殺すために存在していたのよ。殺された勇者は、元の世界に戻る。そういう仕組みだったの」
「まだ聞きたいことがあります」
和矢はふたりの会話に口を挟んだ。
「教団の歴史書。その原典とは何なのですか? そしてそこには一体、何が書いてあるんです?」
「それはね…」
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