第3話 超兄貴と

「え、それはどういう……………」

 アルの笑顔は目が笑っていなかった。怖い、そんな印象だった。

「だから、死んだ方がマシと思えるレベルで鍛えさせてもらう、と言ったんだ」

 ――――――――

 天領寺和矢の朝は早い。

「起きろ!」

「ごふぅ!!」

 アルにいきなりの腹パンを食らって目を覚ます。身体がくの字に折り曲がる。


 まだ夜明け前である。

 和矢は眠い目を擦りながら起き上がる。

「さあ、まずはこの背負い袋を背負うんだ」

 片手で渡されたリュックを受け取る。――――重い!

「うわっ!!これ何kgあるんです!」

「そっちの世界のメートル法とやらで50kgほどあるかなそれを背負って毎日ランニングしてもらうよ」

「そんなぁ、無理です!」

「無理ではない、言っただろう、死んだ方がマシと思えるレベルで鍛えさせてもらう」

「………………」

 仕方がなく背負い袋を背負った。


 それから、アル同伴で森の中をランニングが始まる、重い、重くて仕方がない。しんどいというか死んでしまいそうだ。

「遅い!そんなことでは死んでしまうぞ」

「はぁはぁはぁ…………」

 もうすでに足はガクガク、頭はフラフラである。当然である50kgの鉄塊を入れたリュックを背負って全力疾走をしているのだ。

 しかし、倒れたくても倒れない。気絶したくても出来ない。そういう魔法をアルに掛けられているのだ。


 日が上がると、筋力トレーニングである。

 これも、リュックを背負ったまま筋力トレーニングである。

「次はこの棒を持ち上げるんだ」

「は――ッ!?」

 受け取った棒を危うく取り落としそうになった。


 木の棒に見えるそれは――重いッ! 圧倒的重さである。

「な、なんですか!?」

「棒だよ。さあ、持ち上げるんだ」

「――――っ!!!」

 歯を食いしばって持ち上げようとする。とにかく重い、重たい。落としてしまいたい。しかし何かの魔法がかかっているのか吸い付かれているようにピッタリとフィットしている。

「な、何をしたんです!?」

「ああ。落とすと危険だからね」

 危険だからじゃねえよ!と思いながらこの殺人的に重たい棒を一生懸命持ち上げようとする。

 しかも、リュックサックからの重みもずっしり来ている。


 力を込めすぎて鼻から血がぼたぼた流れ始めている。

「―――――っ!!」


 もう、死んでもいいやと思いながらぐっと持ち上げる。

 何とか頭の上の上まで持ち上げたところでアルが爽やかに宣言する。


「さあ、次はスクワットだ。50回やってもらうよ」

「えっ」


 今度はスクワットである。プルプル震えながらスクワットを始める。両腕と両背中の重量物がともかく――重い!重すぎるッッ!!


「―――――っ!!」

 激痛で死んでしまいそうだ。膝を曲げたところで伸ばすのが必死である。そしてまた膝を曲げる。そして再び膝を曲げる。

 それを何度も繰り返したところで朝食前のウォーミングアップは終了する。


 朝食が運ばれてくるがその量も尋常ではなかった。

 山盛りのパンに豚の丸焼きその他が並べられている。

「さあ、これを全部食べるんだ」

「えええ!?」


 長耳の少女シェキーナとアルがニコニコと笑顔の威圧で早く食べろと言わんばかりに投げかけてくる。

「わ。分かりましたよ」

 死ぬ気で口に必死にものに詰め込む。何度も何度も必死に詰め込む。

 何度も何度も吐きそうになるも、涙目になりながら詰め込んでいく。


 その後には木刀での素振りが待っている。その木刀が非常に――重たい。

「うおおおおお!?」

「さあ。もっと素振りをするんだ。そんなのではゴブリンさえも倒せないよ」

 もちろん、50kgのリュックは背負ったままである。

「ふぉおおおおお!!!!」

 絶叫しながら武器を振り続ける。ぶおんぶおんと木刀を振る音が森林に響く。

「頑張ってください!」

 笑顔のまま応援するシェキーナが応援する度に何故か元気になる。


 木刀を振り回し終わると、ようやく昼食という名の地獄が待っている。

 大量の食物を一気にかきこんで食べるのだ。ゆっくりしている暇はない。

 吐きそうになりながらも何とか食べきる。


 そして、午後は癒やしの時間である。

 この世界のことをアルが懇親丁寧に教えてくれるのだ。ただし50kgのリュックは背負ったままである。

 それでも、非常識な運動よりはまじだと思えるようになった和矢はそろそろこの世界に順応し始めたのかもしれない。


 そして夕食である。

 それも山盛りご飯である。必死に和矢は食べる。食べる。とにかく食べる。


 そんな馬鹿げた筋肉トレーニングが一ヶ月は続いた。

 この間、アルは当然だがシェキーナも遠慮もしない。

 弱音を吐いても一切聞き入れてくれなかったし、トレーニングも中断することはなかった。


 そして一月半くらいは経過しただろうか。だんだん彼の課す訓練にも順応し始めてきた。

 そんなある日だった。アルに崖に連れて行かれた。崖の下には鬱蒼と茂った森が広がっている。

「なんです?」


 そう聞き終わる前に、ものすごい衝撃で背中を押された。

「っ!!」


 宙を舞う身体。崖の上からアルがにこやかに笑っている。

スローモーションのように崖から落下していくからだ。

「次のトレーニングだ、森から生きて帰っておいで」

「うわあああああああああ!!!」


死んでしまう!とおもいながら身体をジタバタもがかせる。


 ドサドサドサッ


 森の枝に何度もぶち当たりながら地面に叩きつけられた。

 全身に激痛が走る。

「うう……痛い……」


 起き上がると、目の前には海パン一丁で褐色肌でスキンヘッドの筋肉ムキムキマッチョマンの男が立っていた。


「ハァイ」

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