第3話 一人前の魔法使い
採取したフタバと、倒したゴブリンが落とした角を持って、ぼくとセリエスさんはギルドへと帰ってきていた。
「確かに、下積み依頼二つの達成です。あとは……」
そう受付嬢さんは言うと、ぼくのすぐ後ろに立っていたセリエスさんへと視線を向けた。
「フタバ探しは言うことなしでした。ゴブリン討伐は音だけ聞いて一体だけだと決めつけていた索敵がちょっと危なっかしかったけど、それ以外は完璧、私の出番なかったです」
ぼくが振り向くと目が合ったセリエスさんは満面の笑顔を向けてくれた。未熟なところはあったけれど合格、ということみたいだ。
「ではこれが今回の依頼の報酬六シルバーです」
一般的なお金はシルバーとゴールドの二種類の硬貨で、一シルバーがパン一個くらいの価値。そして百シルバーが一ゴールドになる。つまりこれでかろうじて二日分の食費くらいの報酬だ。
「そして同行したセリエスさんの推薦をもって、ソルベ冒険者ギルドはバッソさんを石ランク冒険者と認定します。今後実績を積んでいくことで鉄、銅、銀、金とランクは上がっていきますので頑張ってください」
「おめでとう、バッソ君。これから冒険者の仲間としてよろしくね」
受付嬢さんに正式に告げられ、優しく肩に触れたセリエスさんから祝福されたことで実感がわいてきた。
ぼくは、本当に冒険者になれたんだ。憧れを胸に故郷を出て、本当は不安で一杯だったけれど……。
「ありがとうございます。これから冒険者として、一生懸命がんばります!」
姿勢を正して頭を下げると、ぼくは精一杯の気持ちをこめて感謝と決意を口にした。
正式に冒険者となれた次の日、ぼくはさっそくギルドへと来ていた。
さっそく依頼をこなすため……、ではなくて、ぼくにというか魔法使いにとって大切な用事があるからだ。
「じゃあ、さっそく渡すね。これがバッソちゃんのギルド証だよー」
昨日のきりっとしたお姉さんとは正反対の明るくて朗らかな受付嬢さん、聞いてないけど教えてくれた名前はメーネさんというらしい、が手の平サイズの証明書、ギルド証を渡してくれた。
これにはぼくの名前と魔法使いであること、そしてギルドの認める冒険者であることが書かれている。下端の部分が石の様な素材になっていて、これが石ランクであることを示しているようだ。
そしてこのギルド証によって魔法使いであることを認められたことが、今日の大切な用事へと大いに関係することだった。
「魔法使いなら当然わかってると思うけど、これでバッソちゃんは正式に認められた魔法使いになるからね。戦闘魔法や上位魔法も練習していいし、なにより使い魔を持つことが許されまーす!」
自分で「ばばーん」と言いながらメーネさんが宣言してくれた。ついでに拍手もしてくれている。
魔法は実際危ないので勝手に色々使われると、みんな困る。だからファイアボールみたいな殺傷力の高い魔法や、難度が高くて複雑な上位魔法を使える人は自己申告して国に登録しておく必要があった。
逆に言えば冒険者ギルドのような組織で魔法使いとして登録して認められることで、そういった魔法を使えるように練習してもいいということにもなる。
それに何といっても使い魔だ。魔法使いは召喚魔法という特殊な魔法儀式で生涯を共にするパートナーを呼び出せる。魔力で構成されているという意味ではモンスターと同じだがこちらは魔法使いと心を通わせて意思疎通をすることができる。
小鳥や、狼、火吹きトカゲなど様々な使い魔が存在し、中には人語を話せるものまで存在する。何を隠そう師匠の使い魔、猿のオルフェウスさんがそうだ。使い魔が普通に喋って押し花が趣味だなんて、さすが師匠引きが強い。
さらに使い魔とのパートナー契約は生涯一度しか結べないが、魔法使いが生きている限りは使い魔も死ななくなる。つまりは一蓮托生ということだ。
「魔法ギルドの人も呼んでるから、すぐに始められるよー。どうする? ねぇどぅする?」
一般的に魔法ギルドに所属するような魔法使いは偉い学者さんだ。冒険者魔法使いのようなバイタリティはないが賢くて魔法に造詣の深い人たちと聞いている。
そんな人を呼んで、しかもすでに待たせておいてどうするも何もないような気がするけれど……。
「お、お願いします」
「よし来た! じゃ、いこっかー」
朗らかとかいうレベルではなくなってきたような気がするメーネさんに先導されて、ぼくはギルドの奥へと入っていった。
建物の裏庭にあたる場所の訓練場、それなりに広い砂敷きの空間で立派なローブを着た二十代半ばくらいのお兄さんが何やら杖で地面に描いていた。
「ほぼ準備はできています。あとはこれで仕上げです」
かけている眼鏡の位置を直しながら、ローブのお兄さんは小袋に入った光る粉を描いていた図形、召喚の魔法陣の何か所かに落としていく。
「あっ、えっと準備の代金を……」
魔法陣を正確に描くのは疲れる作業だし、魔法に使う光る粉といえば砕いた宝石、つまりは高価な品だ。駆け出しのぼくにとって痛い出費だけど、必要経費なので慌てて財布を取りだした。
「ここはあっしが持つぜぇ。財布はしまいな」
すぐに割って入ったメーネさんがやや低い声でそう言ってぼくの財布を持つ手を抑えた。突然手に触れられてどきっとしたけど、わざとらしく半目で口角を片側上げた表情を見ていらっとした。
「魔法使いを志望する新人さんは多いけど、それで合格する子はすごく少ないからねー。大抵は別の職でいったん受かって、何年もしてから魔法使いになるかあきらめて別の職で頑張るかだから」
なるほど、魔法使いは修行に何年もかかるから希望したってすぐにはなれない。だから新人冒険者で魔法使い登録のまま合格するのは少数になるのだろうな。
「だから冒険者ギルドとしては、お祝いと今後の期待を込めてこのくらいの援助はするんだよー」
「ありがとうございます、実際ありがたいです」
ちっ!
その時それまで黙っていたローブのお兄さんからかなりはっきりと舌打ちが聞こえた。
「えっ……?」
「姑息な手で若者の囲い込みですか、粗野な冒険者らしい発想です」
とまどうぼくに構わず表情を歪めたローブのお兄さんは悪口を言ってきた。面と向かって言われたメーネさんはへらへら笑って全く気にしていない様子だけど……。
「君も君だ。その年で基礎魔法を使えるようになっておきながら冒険者など。なぜ魔法ギルドではないのだ!?」
ぼくの方に矛先を向けたローブのお兄さんは大仰な手ぶりで言いつのってきた。だけど答えは決まっている。
「冒険者に憧れていたから、です」
「だそうですー」
ぼくが即答すると、メーネさんが鼻から息を吹きながら乗っかってきた。小声で「わろすー」とか謎用語も言っている。怒っている人をさらに挑発するのはやめて欲しい。
「くっ。もういい。とっとと儀式を始めろ」
ローブのお兄さんはそれでも召喚魔法の儀式自体は見届けていくようだ。あとはぼくだけでもできるから帰ってくれてもいいんだけどな。
「じゃあ、始めますね」
魔法陣のすぐ前に立つと、ゆっくりと魔力を通して集中していく。魔法陣は魔法の構成を描いた設計図だからぼくの方ではただ魔力を通せばいい。
丁寧に魔法陣全体に魔力を通し終わると、二人を順に見た。
「はじめますね」
しかめ面のローブのお兄さんと非常にわくわくとしているメーネさんを確認してから、魔法陣の発動に入る。
召喚で呼ぶのはあくまで魂のみ、時間と空間の狭間を漂う異界の魂を捉えて引き込み、魔力で形を与えて使い魔とする。教科書的な手順を思い返しながら言葉を放つ。
「“我は魔法使い。漂うものよ、きたりて、我と契れ”」
これは儀式だから言葉は決まっている。噛まないか心配だったけどちゃんと言えた。
そして間を開けずに魔法陣から光の柱が立ち上り、目が眩むほどの光量を放つ。音は無く、荘厳な光景だ。
「何ですかこれは、これほど強く光るなど聞いたことも!?」
ローブのお兄さんの困惑声が聞こえてくるけど、ぼくは夢中で光の柱に見入っていた。正直眩しくてほとんど見えないけれど、何かが上から降りてくるように見えた。
そして光が徐々におさまり、何かのシルエットが見えるようになってきた。人型のようだ、もしかすると師匠と同じ猿の使い魔だろうか。
さらに見えるようになる。猿にしては大きい、大人の男性くらいはある。目をこすって、頭を振り、ようやくまともに見えるようになった目で魔法陣の中心を改めてよく見る。
「は? え?? どういう……、なんで???」
そこにはきょとんとした表情で、どこかくたびれた雰囲気を纏う中年男性、紛うことなきおじさんが座り込んでいた。
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