第38話 纏雷の英雄

 足を止めて火柱を見据えていると、不意に自分の周囲で魔力が収束するのを感じた。

 

 「まずっ! “氷よ守って”」

 

 慌ててぼくもアイスシールド、氷膜による防御を張りつつその場を飛びのこうとする。

 

 しかし、ぼくが避けるより早く、氷礫がぼくの上方と前方にいくつも形を成し、すぐさまこちらへ向かって飛び出した。

 

 「あぅっ、ぐっ!」

 

 あっさりとぼくの防御膜を突き破った氷礫がいくつか、勢いを落としながらも肩や胴、脚へと直撃した。さらには頭にもいくつか掠めたようで側頭部に血が流れてきた。

 

 これだけで全身が痛くて仕方ないし、頭もガンガンする。だけどあっさりとやられるわけにはいかない、ここで歯を食いしばらないと。

 

 けれど、必死になって正面を見据えると、火柱が消えた場所では氷膜を今度は全周に展開したキューラが全くの無傷で立っていた。

 

 「少年の魔法はワタクシの防御を破れず、ワタクシの魔法は少年の防御を破れる。これ以上説明が必要でございますか?」

 

 蛇の様な冷血な笑顔でキューラは言った。

 

 悔しい。とてつもなく悔しい。だけど“普通の”手段ではどうやっても敵わないのはこの男のいう通りだった。

 

 「ふぅ、ふううぅぅぅ」

 

 細く息を吐きながら杖を回転させ、自分の周りで振り回しながら身体強化を高めていく。

 

 「やけになって殴りかかってみますか?」

 

 キューラの言葉は無視して、集中し体の頑丈さを出来る限り上限まで高めていく。

 

 ここでヒノキの杖の内部で“雷”“収束”“纏う”“弾ける”、と構成していく。そして師匠直伝の魔法、とっておきの奥の手を放つ。

 

 「“雷よ我が身と共に”」

 

 ぼくの直上で発生した雷が収束し、ぼく自身へと降り注ぐ。

 

 「うあああああ!」

 「はあ? ここでそんなミスでございますか?」

 

 全身くまなく雷が纏わりつき、人体の要所で小さく爆発するように弾けることでとてつもない激痛が走り、ぼくはたまらず絶叫していた。

 

 「なっ! ライトニングスピリットじゃと!? 失われた魔法をなぜバッソ君が?」

 

 離れた所で驚愕しているデルゲンビスト様は知っていたようだ。これは師匠のとっておき、体内に雷を通して、魔力による身体強化をはるかに凌駕する圧倒的な強化をする魔法。事前に身体強化をしておいてもぼくだと一回この雷を通すだけで体が限界に達してしまうくらい負担の大きな奥の手だ。ちなみに師匠の場合はこの雷を五回重ねて纏うことで、もはや人かどうか疑わしいくらい強くなる。さすが師匠、人知の彼方だ。

 

 「う、ぐぅ、あぁ……、っぃくぞぉ!」

 

 痛みにふらつく体を抑え、奥歯を噛みしめて、ぼくは強化状態の全力で踏み込んだ。

 

 「っ!」

 

 そのスピードに驚くキューラの脇を通り過ぎて、後ろへと回り込む。そこで魔力を通したヒノキの杖を思い切り振りかぶって、そこから全力で打ちかかる。

 

 雷を纏った強化状態の影響で、魔力を通しただけの杖もまた雷を発してうなる。

 

 「驚いたでございますね? “アイスシールド”」

 

 しかしキューラは振り向き、これまでより分厚い氷の膜を、もはや盾と呼べるほどの厚みで展開する。

 

 「っ!」

 ごっ! ばぢぃ!

 

 構わず振り切る。限界を越えるほどに強化された力とスピードで振り抜いた杖は、氷と木の激突とは思えないほどの鈍く重い音を発し、さらにそこに纏う雷が流れ込んだ。しかしその激突はキューラの氷膜の表面を僅かに削っただけだった。

 

 「足りなかったようで」

 

 一筋の汗を頬に流し、しかし嗤いを崩さないままキューラは言った。

 

 体の負担を顧みずに挑んでなお、届かなかった。ぼくの実力ではここが限界。なら――

 

 「そんな限界ぃ、ぶっこわれろぉっ!!」

 「はっ?」

 

 警戒して一歩飛び下がるキューラの前で、二発目の雷がぼくへと降り注いだ。

 

 「あああああああああああっ! うぃぎぃぃあああ!!」

 

 ぼくらしくない荒っぽい言葉で勢いをつけてやったものの、これは完全に予想以上だった。

 

 限界をはるかに越えて体内を駆け巡り、弾ける雷が、ぼくの体の隅々までを破壊しつくしていくのがはっきりと感じられる。あまりの痛みに目からは涙がとめどなく溢れ、全身は硬直して倒れることすらできない。

 

 「無理をして自滅でございますか。まあ若者らしいといえばらしいでございますね」

 

 かろうじてキューラの言葉が聞こえた、そうだ、こいつを倒すために……。

 

 「ぼ、くは。バッソ、……トルナータぁっ! え、えい、ゆうに、な、るんだぁっ!!」

 

 やせ我慢と根性と、そして憧れで痛みをこらえ、両足を踏みしめてキューラを睨みつける。

 

 「ふんっ、そんな状態でワタクシに……」

 

 言いかけたキューラを無視して、一歩踏み込む。

 

 「くっ!」

 

 真横に来たぼくの方にキューラが顔だけ向けて反応している。まだ遅い。

 

 さらに一歩、さらに全力で、踏み込む。

 

 「へ?」

 

 キューラの真後ろで足を曲げ、全身を沈み込ませるようにかがむ。キューラはまださっきぼくがいた場所を見ている。

 

 最後にもう一歩、今度は真上に飛びあがる。キューラの直上、そこでヒノキの杖を一回転させてから振り上げて構える。

 

 “雷”“雷”“雷”“雷”“雷”“纏う”、これはぼくのオリジナル。魔法と体術を併せたぼくだけの必殺技。せっかく考えたカッコいい技名を師匠は笑っていたけれど、技の構想そのものは太鼓判を押してくれた。

 

 五つの雷を杖へと詰め込んで、叩きつける大技、雷襲撃。今は雷を纏って強化しているから――

 

 「“纏雷襲撃”ぃっ!」

 

 杖の周囲に現れた五つの小さな雷球が杖へと吸い込まれて、すぐに激しく弾け始める。雷そのもののようになった杖を振りかぶりながら、ぼくは勢いをつけて落下していく。

 

 振り下ろしながら杖の纏う雷は勢いを増して、“ように”ではなく本当に手に持った雷へとなっていく。そしてライトニングスピリットでの二重強化状態で使った五重の雷に耐えられず、杖そのものは消し炭となって消失していく。

 

 「師匠ごめん、杖だめにして。……でもぼくは勝つからね」

 

 小さく呟きながらさらに落下の勢いを増し、ようやくこちらに気付いて見上げたキューラへと向けて手の中の杖状の雷を振り下ろしていく。

 

 まさしく落雷の轟音。

 

 それでも反応して全周展開していたキューラの氷膜をあっさりと叩き割り、ぼくの命懸けの纏雷襲撃はキューラ自身を捉え、悲鳴すら上げさせずに地面へと叩き伏せていた。

 

 キューラはぴくりとも動かず、強化を解いたぼくもぶり返してきた全身の痛みでこれ以上動けそうもなかった。

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