第37話 悪蛇のキューラ
ぼくとノブおじさんが魔法ギルド前へと辿り着いた時、戦闘中ではなくノルストさんも副ギルド長のおばさんも、他の魔法ギルド員らしき人たちも一息ついているところだった。
「デルゲンビスト様?」
しかしよく見るとひときわ大柄なローブ姿の老人、デルゲンビスト様も交じって周囲を警戒しているようだ。
「危ないですよ、いつ襲撃があるかわからないのに」
「おお、バッソ君にノブ君か。いやなに、狙われておるわしが住民たちと同じ場所にいる訳にもいかんじゃろう」
言っていることはわかるけれど、それでもデルゲンビスト様にもしものことがあればこの町どころかこの国の人々が危ない訳だからやはり不安だ。
「危ないのは確かなのですが、町全体が混乱していてどこが安全かもわからないのが正直なところですよ」
そういって道の端に座り込んでいたノルストさんが会話に入ってきた。
「それより状況はどうなっておる?」
「あ、そうでした。二番倉庫のアジトでは首領のキューラやあの黒装束は見つからなかったです。それで――」
ぼくらは見つけてきた手紙や覚え書きなどを見せつつ、予測は的中していたということをデルゲンビスト様へと説明していった。
「しかしそうなると、どちらにしてもわしのいる場所が狙われるだけということになるのう」
一通りの説明を聞いたデルゲンビスト様が髭を撫でながら言った。
「そう……なったようだなぁ」
ノブおじさんの苦々しい呟きに慌てて顔をあげて見回すと、通りの先、魔法ギルドからさほどの距離のないところに、キューラと黒装束が二人で立っていた。
「い、いつの間に!?」
ノルストさんが慌てて立ち上がり、副ギルド長さんも警戒しているけれど、キューラたちはまっすぐにこちら、デルゲンビスト様のいるほうだけを見ている。
「キューラ!」
「ふふふふふ、ワタクシの事務所を荒らしてくださったようでございますが、魔法封じが成功した時点で計画は成功に終わっているのでございますよ?」
腹立たしいけれど、実際それでぼくらは窮地に立たされているのが事実ではあった。
「ふん! わしをなめるな!」
デルゲンビスト様は勇ましく啖呵をきったけれど、実際いかにぼくらで守るかが勝負になる。
「デルゲンビスト様、こちらに……」
ノルストさんがデルゲンビスト様の近くによって魔法ギルドの建物内へと連れて行こうとする。けれど、相手はそれを許してはくれなさそうだ。
「ふふふ」
キューラの不快な響きの微笑に呼応するように、周囲にゴブリンやグラスウルフを中心としたモンスターが出現を始める。
すぐにノルストさんと副ギルド長さんが近づいてくるモンスターたちに対処することとなって、ぼくとノブおじさんでキューラと黒装束に相対する形となった。デルゲンビスト様の魔法が封じられている今、いくら魔法の腕が熟練していても本職が研究よりであるノルストさん達よりも、ぼくらが正面に立つべきだろう。
「バッソ、俺はあの黒装束で手一杯になりそうだが、大丈夫か?」
「うん、キューラは何とかする!」
「むぅ……」
ぼくとノブおじさんの間で方針が確定し、デルゲンビスト様は悔しそうに唸りながらも二歩、三歩と下がっていく。
たんっ
軽やかといえる音で地面を蹴った黒装束が、気付いた時にはノブおじさんの目前でサーベルを振り上げている。
「そう殺気をとばされちゃあ、気づくってぇの!」
ぼやきながらノブおじさんは左横へと一歩ずれながら、細身のロングソードを左から右へと横一文字になぎ払った。
「無駄のない剣技……」
ぼそりと呟いた黒装束は、素早い独特の身のこなしで体を捻り、ノブおじさんの斬撃をすり抜けるようにして距離を詰め、追いすがっていく。
そのやり取りから視線を切って、余裕の表情でこちらを窺っているキューラを睨む。単に余裕を見せているということだけではなくて、おそらくキューラは三番倉庫との一件からノブおじさんの実力を知っていたのだろう。
だから向こうの切り札である黒装束がノブおじさんを完全に倒すか抑え込むのを待っているというところか。とはいえノブおじさんが使い魔であることを知っているなら、おそらくこの状況で先に狙うのは……。
「ではそこの駆け出し魔法使いの少年には倒れて頂きましょうか。逃げれば追わないので危なくなったらお逃げになることをお勧めでございますよ」
ぼくになる。それにキューラの言っていることは間違いなく嘘だろうな。背中を向ければその瞬間に止めをさそうと嵩にかかって攻めてくることは、いくらぼくでも予想がつくよ。
「おやおや、お話相手にはなっていただけないのですね……」
キューラがわざとらしくその細い目元をぬぐう仕草をしている。何か言い返してやりたくなるけれど、相手は間違いなく格上だ、応じたところで思わぬ隙を作られるだけに決まっている。
だからぼくはただ黙って全力で立ち向かう。“土”“固まる”“弾ける”、構成した魔法の回路をヒノキの杖に展開して、キューラの足元に意識を集中する。
「“地よ弾けて”」
まったくの無詠唱無動作で発動の魔法名のみをいきなり口にする。
「!」
キューラの足元で鈍い破裂音が炸裂する。それと共に石畳とその下の土が弾けて下からキューラへと襲い掛かる。
“雷”“収束”“飛ぶ”、ここで間髪開けずに畳みかける。
「“雷よ貫いて”」
今度は杖を構えて、噴き上がる土砂の向こう側、キューラのいる場所をしっかりと狙う。
ばぢぢぃ
空気が弾ける音を伴う閃光が一直線に走り、土砂で多少散らされながらも狙い通りの場所へと直撃する。
雷が走った後の独特のにおいが漂う中、すぐに降り落ちた土砂の向こう、そこには薄い半球状の氷の膜と、その向こうで嗤うキューラが立ち、指揮棒のような小型杖を指先で軽くつまむように持ってこちらへ向けていた。
「防がれてる!? そううまくは――」
「いかないようでございますね?」
一瞬後ろを見てデルゲンビスト様は副ギルド長さんと共に十分離れていることを確認して、ぼくは身体強化をかけた足で全力で駆けだした。
「“アイスシュート”」
キューラの小型杖のすぐ前の空間に拳大の氷がいくつも形を成して浮かび、同時に半球状の氷の膜が消失する。そしてそのまますぐにキューラを中心に回り込むように右へと走るぼくへ向けて、氷礫の斉射が開始される。
「うわっ! たっ、とと」
固い音をたてて足元へいくつも着弾する氷礫に四苦八苦しながらも、ぼくは何とか当たることなく走り続ける。
「ちっ……」
そしてまもなくキューラの舌打ちが聞こえ、氷礫は打ち止まった。氷が得意なら次は……、“火”“上がる”“留まる”、マミー発生の時に失敗して以来さらに練習を重ねて多少は上達した火属性魔法の回路を構成する。
「――っと、“火よ吹きあがる柱で焼き払って”」
全力疾走から急停止したぼくは、杖を二度空を切るように振って動作で魔法の発動を補助しつつ、解き放った。
狙い違わず炎の柱はキューラの足元から立ち上り、その全身を完全に覆いつくして燃え上がっている。正直いって、殺さずに捕まえるとかそういうことは一切考えていないし、そんな余裕はない全力の攻撃だ。
これだけやれば何とかなってくれただろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます