第15話 デスルート

 その後、散発的に戦闘はあったものの、大物や多数に囲まれるような状況はそれきりで森の外へと辿り着くことが出来た。

 

 明らかに逃げるほどモンスターからのプレッシャーは弱くなっていたし、森から出た今は遠く森の中ほどで喧騒が聞こえるのみだ。

 

 「っふぅー、なんとか逃げ切ったね」

 「ぜぇー、ぜぇー、た、大変だった」

 

 セリエスさんも、ぼくも小さな傷はさらに増えたものの、大けがはせずに逃げおおせていた。

 

 当然というか、ノブおじさんは無傷、体を構成する魔力量も減っていないからほとんどダメージを受けなかったようだ。

 

 服の端が多少破れたりしているようだけど、ノブおじさんは服も魔力体だからあれも時間が経てば勝手に直るはずだ。

 

 「今更ではあるけど、やっぱりあのレッドリーフが原因だったみたいだなぁ」

 「そ、そうだね。あのひどい臭いが薄れるほどモンスターも減っていってたし」

 

 落ち着いた今だからわかるけれど、あのモンスターたちはぼくらがレッドリーフを抜いた場所、あの臭いの中心を目指していたように思う。

 

 ぼくらが再三襲われたのは、興奮状態で出くわしたからというだけだろう。

 

 「そもそも、レッドリーフがあんな危ない臭いを放つなんて聞いてないよ!」

 

 セリエスさんの不満ももっともだ、けれどこの場合はあの行商人モッスルさんのうっかりミスとかではなくて……。

 

 「はめられた、ってことなんだろうなぁ……」

 

 ノブおじさんが苦い顔で言うと、セリエスさんはものすごく驚いたようだ。

 

 「えぇ!? なんで? あの人の恨みなんて買った憶えないよ」

 「なんで……なんだろうね。騙してぼくらが帰ってこなくなったら依頼者のモッスルさんは疑惑の目を向けられて、ソルベで商売がし辛くなるだけだと思うんだけど」

 「俺もわからんが……、知らずに恨まれてたんでなけりゃあ、その疑惑がどうでもいいくらいの金になる理由があるんだろうなぁ」

 

 結局は最後にノブおじさんが言った通り、わからない、だけど何かある、ということになるんだろうな。まあつまりわからないのだけれど。

 

 

 

 夕方というには遅く、夜というには早い時間、真っ暗になったサローの森の中を灯りが二つ移動していた。

 

 慎重に移動する集団の先頭と最後尾が持つランタンの灯りだ。

 

 息を潜め、森のあちこちから聞こえるモンスターや動物のたてる声や物音にびくつきながら歩くのは、ソルベの町に滞在中の行商人、モッスルだった。

 

 そのモッスルを挟むように前後を歩くのはそれぞれマチェットとハンドアックスを持った軽鎧の男、そして先頭に盾とランタンを持ち、腰にロングソードを下げた非常に大柄で重厚な鎧を着た男、最後尾にランタンを持ち背中に弓と矢筒を背負った男、という集団だった。

 

 「なあモッスルさんよ、本当に夜の森を強行軍してまでいく価値はあるのかい? 結果が振るわなくても料金は取りたてるぜ?」

 「大丈夫ですよ、エゲゼさん。朝になれば冒険者ギルドが異変に気付いてしまいますからね、それまでに彼らが抜いたはずのデスルートを回収しなければ」

 

 モッスルはすぐ前を歩くマチェット使い、エゲゼへと愛想笑いを浮かべつつ得意げに説明していく。

 

 「昼間、サロー村に潜伏していた時に聞いたではないですか。森があれだけ騒がしかったということは間違いなくあれを抜いたということ。モンスターは臭いにこそ反応してもあれを食べはしないのでこの荒れた木々の中心に臭いの抜けた状態で落ちているはずです」

 「ならいいけどよ。しかし美食家というのは信じられんな、デスルートなんて危険物を大金で買って茶にして飲むだけとは……」

 

 つまりそれこそがモッスルの企みだった。デスルートはごく一部で知られる非常に珍しい植物で、その根は煮出すことで珍重される茶になる。そのために場合によっては家が買えるほどの値がつくこともあるほどであった。もちろんそこまでの超高級品であるとはエゲゼ達には伝えてはいなかったが。

 

 当然それほど高価であるのはただ珍しいからではなく、その特性、抜いた瞬間からしばらく強烈な悪臭を発し、かつそれがモンスターを興奮させ引き寄せる、という天然のモンスタートラップであることが大きな理由となっていた。

 

 その危険な高級品を、植物に詳しくない冒険者に抜かせ、すべてが終わった後に現場へ向かってデスルートのみを回収する。

 

 後は、騒ぎになる前に別の町へと移動してしまえばいい、そういう計画であったが、そのための回収には護衛、それも明らかに後ろ暗いことのある夜の森への探索を頼むことができる、が必要であった。

 

 そのためにモッスルが頼ったのがエゲゼ達、ソルベの陰に潜む裏ギルドのひとつ“三番倉庫”に所属するごろつき連中だった。

 

 三番倉庫は冒険者崩れの寄せ集め集団で、裏ギルドであるので当然依頼の倫理や違法性は問わない。今回モッスルが頼るのにはうってつけといえた。

 

 「あった、あったありました。後はこれをうまく売り飛ばせば大金が……」

 

 昼間モンスターによって荒らされた痕跡を辿り、ようやく目当てのもの、引き抜き放置されたデスルートを見つけたモッスルは目を細めて口角をつり上げた。

 

 モッスルが上機嫌で根に土がついたままのデスルートを丁寧に布で包んでいると、少し離れた茂みの作る闇の中から声がかけられた。

 

 「やはりぼくらを騙して、お金のために利用したんですね」

 

 それは当然ぼくの声。森に入ってきたモッスルさん達の監視をノブおじさんに任せて、セリエスさんとこの場所に潜んで待ち構えていたのだった。

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