ぼくとおじさん ~駆け出し魔法使いの幻想英雄譚~

回道巡

第1話 少年魔法使いの門出

【プロローグ プロローグ ~ただ人を斬るだけの鬼~】


 相手の振るう剣筋を避け、刀を振り払い、斬り落とす。そこに躊躇も逡巡もない。


「なあぁっ、俺のうでぇ!?」


 斬られてから気付くような愚鈍な雑魚が喚いている。


 数多の大名が天下に覇を唱えんとする戦国の世となって久しい、……らしい。そんなこと、この山間の田舎育ちの俺には知らんのだが。


 幼いころに、山で野垂れ死んだ落ち武者から刀を頂戴して以来、何人も人を斬ってきた。山賊を、敗走する落ち武者を、旅の剣客を。村の連中に請われるまま、そして己の欲求のままに斬り続けた己の剣の腕は“山裾の剣鬼”と噂されるほどになっていたらしく、村を襲う盗賊が来なくなってしまっても、物好きな剣客どものおかげで斬る相手に不足することはなかった。数だけは、だが。


 そんな剣の鬼も歳をとり、気付けばジジイとなってしまった。出来ることなら鬼や妖怪のような化け物相手に死線を潜ってみたかったものだ。思うようには動かなくなったこの腕で、最後に斬るのはやはり己か。老いて衰えたせいで斬られてなどやるものかよ。


 ―――――

【プロローグ ~ただ仕事をするだけの畜生~】


 前世で剣の鬼とまで呼ばれたこの俺が、何の因果かこの二千年代の日本に生まれ変わって早数十年。


 突如現れ、自分は戦国時代の剣客だという十歳ほどの天涯孤独の少年に、当時は世間もそれは騒いでくれたものだった。しかし世間に飽きられ、忘れられ、殺人剣の腕前など何の役にも立たないこの平和な世の中で、気付けば平凡な中年会社員となり果てていた。


 しかし、悪い気はしていない。人を斬らないし斬りかかられない、この数十年は心安らかであったし、アニメとゲーム、あとチートハーレム異世界転生もののウェブ小説は荒んだ心を癒してくれる。


 世間では社畜などと揶揄されるただ忙しい独身中年会社員だが、目の前の膨大な仕事をひたすらこなしていく人生は、実は性に合っているような気がする。それに最近は若い社員を一人前に育て上げることにもやりがいを感じてきた。


 まぁ、そうはいっても最近は働きすぎかもしれない。明日は久しぶりの休日だし、帰って晩飯食べたら、朝まで録りためたアニメでも見ようかな。


 ―――――


 「それではバッソさん、ここに必要事項を記入してください」

 

 そう目の前のカウンターに座る清潔感のあるきれいなお姉さん、ソルベの町のギルド受付嬢さんに言われ、ぼくはごわごわした紙に目を通した。

 

 何を隠そう今まさにぼくは冒険者ギルドへ登録の真最中である。十四歳になってすぐに田舎をでて夢である誰もが憧れる英雄となるべく冒険者への第一歩を踏み出す少年、それが今のぼくだ。

 

 名前は、バッソ・トルナータ。実家は田舎のいわゆる有力者というやつで、やや裕福な商家だ。


 とはいえ所詮は田舎の“やや裕福”なので国全体でみれば有力者というのもおこがましい、のだけど地元では有力には違いないのでファミリーネームがある。

 

 フルネームでなのると「なんだ田舎のぼんぼんか」みたいに言われることも結構あるから、田舎の商家の三男、四男が町へでるときにはファミリーネームを捨てることも多い。実際家を出た以上は名乗っていても仕方ないしね。

 

 けどぼくは夢を追って家を出たとはいえ、実家も家族も大好きだ。感謝もしている。だからこのトルナータ姓で英雄となるのがぼくの夢だったりする。

 

 「職業欄はあくまで希望なので、特に全くの新規登録の方はなんとなくで書いてもらって大丈夫ですよ」

 「あ、はい。じゃあ……」

 

 にこりと微笑んで説明してくれる受付嬢さんに生返事を返す。つい「深く考えてないですよ」みたいな反応を返してしまったけど、そんな訳がない。冒険者になって英雄を目指すことがずっと夢だったぼくは、当然戦う自分の姿を夢想し続けてきた。

 

 どんなふうにだって? そんなの当然決まってる。

 

 「魔法使い、っと」

 「あ、やっぱり魔法使いなのですね」

 「え? だめでしたか?」

 

 ぼくは不安いっぱいの表情で聞き返す。職業を書くなり受付嬢さんに苦笑交じりに言われたら普通不安になると思う。


 しかし受付嬢さんは少し慌てた様子で言い添えてくれた。

 

 「失礼しました。違いますよ、新規登録の若い方はほとんど魔法使い志望なので。やはり人気だなぁ、と思っただけですよ」

 「それはそうですよ。この国で英雄と言ったら大魔法使いアークゼスト様ですから」

 

 アークゼスト・バリエ・カンバー。大魔法使い、英雄王、英知の杖、色々な二つ名で呼ばれるこの国の王様。大冒険の末に当時世界中を荒らした魔王を討伐、当時の姫様と結婚して庶民から王様になった生きるおとぎ話のような方だ。

 

 当然、ぼくがあこがれている英雄というのもつまりはアークゼスト様のことだから、希望職種は魔法使いしかない。

 

 「しかし魔法使いはなりたいといってなれるものではありませんよ。戦士なら剣を、射手なら弓を持てば戦えますけど、魔法使いは杖を持っても魔法を実際に使えるようになるまでに修行を何年もする必要がありますから」

 

 当然の忠告だ。魔法使いはあこがれる子どもは多いが誰もがなれる訳ではない。

 

 単純に長期の訓練を必要とするからだ。要は職人と同じで師匠について訓練をしないと火花ひとつ起こせない。逆に時間をかけて訓練さえすれば誰でもある程度までは使えるようになるから身体的な才能が必須の戦士職に比べるとある意味簡単ともいえる。

 

 ぼくの場合は商家の三男でいずれは家を出るわけだから、幼いうちから自己鍛錬に時間を使うことを許されていた。これは生まれた家がある程度とはいえ裕福だったという幸運によるものだ。

 

 そしてもっと幸運なことがあった。それが師匠との出会いだ。


 師匠は故郷にある森に住んでいた引退した魔法使いのおばあさんで、実は名前も知らない。というか何度聞いてもなぜか教えてくれなかった。

 

 けどものすごく優しくて、魔法が上手な人で、ぼくが六歳の時に偶然出会ってから故郷を出るまでの八年間で魔法使いとしての基礎を教えてくれた。


 基礎的な魔法、身を守るための体術、自然の中で行動するための生存術、あと町で悪い人に騙されないための処世術。

 

 故郷を出る時も、普通の人は基礎習得に十年かかる魔法を八年で覚えたことを、師匠はいっぱいほめてくれた。ぼくのことを孫のようにかわいがってくれた師匠だから心配もしていたようだけど、出発するときには笑顔で大丈夫だっていってくれた。だからぼくはあの笑顔を思って、胸を張って言った。

 

 「大丈夫です! 基礎魔法とちょっとした体術は使えます!!」

 「それは、すごいですね。そのお年で本物の魔法使いでしたか。ではバッソ・トルナータさん、魔法使いの見習い冒険者として登録します。ようこそ、冒険者ギルドへ。我々職員一同新たな英雄候補の門出を歓迎します」

 

 パチパチパチパチ

 

 そう受付嬢さんが少し大きな声で言った瞬間、ギルド内にいた職員の人や先輩冒険者たちが一斉に拍手をしてくれた。

 

 「あ、ありがとうございます! こんなに暖かく迎えてもらえるなんて、ぼく……」

 「以外、だったか?」

 

 そう声をかけてきたのは、スキンヘッドで棘の生えた鎧を着た大柄なおじさんだった。きっと歴戦の戦士、背中に大きなバトルアックスを背負っているから上位職のブルファイターとかだろう。

 

 「あ、その……、はい、実はもう少し怖いところかと…………」

 「恐縮することはねぇよ、まあそう思われることも多い。けどな冒険者ってのは自分の身を危険にさらして皆のために働こうって連中の集まりだ。悪い奴なんているわけねぇ」

 「確かに、そうですよね!」

 

 言われてみれば確かにそうだ。むしろどうして故郷の皆は冒険者をあらくれもの、なんて言っていたのだろうか。

 

 「まあ、とはいえ冒険者を名乗るやつを無条件に信用したらだめだ。裏ギルドの連中も冒険者を名乗るからな」

 

 裏ギルド?


 聞いたことがない言葉だ。裏っていうくらいだからもぐりのギルド、なのだろうけど師匠もそんなことは教えてくれなかった。

 

 「何も知らないって顔だな」

 「それについては、私から説明します。ゴラノルエスさんは依頼を受けているでしょう? 遅刻しますよ」

 

 この親切なスキンヘッドのおじさんはゴラノルエスさんっていうのか。すごい強そうな名前だな。

 

 「あ! そうだった。道具屋のじいさんから庭の掃除を依頼されてたんだった。あのじいさん時間にはうるさいからな、とっとといくとするかぁ。じゃあな、バッソっていったか。見かけたらまたなんでも聞いてくれ」

 「はい、ありがとうございます」

 

 そういうとゴラノルエスさんは手を振りながらさっそうとギルドを出て行った。庭掃除か・・・、本当にいい人なんだな。けど道具屋の庭の掃除にあんなに大きなバトルアックスとかとげとげの鎧は必要なのだろうか?

 

 「では話の続きを、裏ギルドについての忠告をしておきます」

 「はい、もぐりギルドっぽい言葉ですけど聞いたことないです」

 

 受付嬢さんが仕切りなおして、裏ギルドについて説明をしてくれた。

 

 つまりはこういう話だった。今いるここは正規の冒険者ギルド、国に認められた組織で補助金もでている。その代わり、冒険者は間接的とはいえ国から援助を受けるので騎士や衛兵に準じる規律を求められる。具体的には犯罪行為には一般人より重い罪が課せられるし、酒場のケンカくらいでも捕まる場合もある。当然そうなったらギルドからも処分があるし、重いときには除名されて二度と登録できなくなる。

 

 そうなるとあぶれものの冒険者が当然出てくる。そういう元冒険者、あるいは始めからなれなかった者たちが、かってに裏ギルドを名乗って地下活動を始めた。犯罪に加担するような依頼も受けるし倫理的な規律も無い、正に無法集団だ。

 

 そういう裏ギルドが特にここ十年ほどで増えていて、実際のところいくつ、どれくらいの規模であるのかは正規ギルドもわからないそうだ。

 

 なるほど、最近増えたのなら師匠が教えてくれなかったはずだ。師匠が冒険者として活躍したのはすごく昔の話だったらしいし。「最近の若者のことはわからないねぇ」ってよく言ってた。

 

 「怖い人が勝手に冒険者を名乗ってるのですね。気をつけます」

 「それともし裏ギルド絡みのトラブルに遭遇した場合は、できるだけ早急にギルドまで報告してください」

 

 本当に気をつけよう。家族や師匠が言っていた町は怖いっていうのはこういうことだったんだ。

 

 「他にも色々と冒険者にはあるのですが、バッソさんは見習い冒険者なのでまずは下積みです。先輩について簡単な依頼を二つ達成してください。これが事実上の試験なので頑張ってくださいね」

 「はい! それが達成できれば本当の冒険者ですよね」

 「そうです、見習いとして下積み依頼を達成することで晴れて正式なギルド所属となれますよ」

 

 不安も大きいけど、まずは頑張ろう。これがぼくの英雄冒険者への第一歩になるんだ。

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