第2話 下積みと出会い

 すぐに下積み依頼を受けたいことを伝えると、受付嬢さんはギルド内にいた若い冒険者の女の子を呼び寄せた。

 

 「私はセリエスよ、よろしくね。戦士だから戦闘では頼ってくれていいわよ」

 「バッソです。よろしくお願いします。簡単な魔法と自衛程度の体術が使え、ます」

 

 緊張したぼくがすこしたどたどしく自己紹介をすると、赤毛の女の子、セリエスさんは軽く片目をつむって応えてくれた。

 

 明るくて優しそうな人だけど、戦士というだけあって鈍色のごつい鎧を着ている。全身鎧ではないけど、胸や肩、腕、腰からすねまで覆っているからかなり重そうな鎧なのに、軽やかに振舞ってるのがさすがといった感じだ。

 

 冒険者になると始めは戦士や魔法使い、射手といった一般的な呼称の職業、いわゆる下位職を名乗る。駆け出しのうちは細かい適正まではわからないからだ。経験を積んで自分の長所短所がはっきりしてくるとそれにあわせて上位職を名乗れるようになる。ちなみに師匠はスターブレイカーとかいうらしい、さすが師匠かっこいい。

 

 上位職はすでに誰かが名乗っているのと同じでもいいし、自分で勝手に作ってもいいらしい。けれど中にはギルドの許可がないと名乗れない上位職というのもあって、火と地の属性を極めたアークゼスト様の上位職ボルケーノがそれにあたる。

 

 「先輩かもしれないけど、私も十代だし、楽にしてくれていいよ」

 「はい、あ、うん。わかった、ありがとう、セリエスさん」

 「うんうん。それでいいの。普段は楽にゆるーく、戦うときには勇ましく、が冒険者のコツよ。母さんの受け売りだけどね」

 

 ぼくの緊張をほぐして、アドバイスまでしてくれる。セリエスさんは本当にいい人だな、頑張ってかっこいいところをみせよう。

 

 「お互い自己紹介は済んだようなので、下積み依頼について説明しますね」

 「お願いします!」

 「先ほども言いましたように事実上の試験なので依頼者はギルドになります。お願いするのは二つ、フタバの採取とゴブリンの討伐です」

 

 受付嬢さんから達成すべき依頼の目的が簡潔に説明された。フタバはいわゆる薬草であちこちで見られる多年草、ゴブリンはこれまたあちこちで見られる雑魚モンスターの代表格だ。

 

 モンスターのいる町の外で小さなフタバを探すのも、雑魚とはいってもモンスターであるゴブリンを倒すのも一般人には難しい。とはいえこれくらいできなければ冒険者にはなれないという正に試験、という内容だ。

 

 「準備がいいならすぐに行くけど、どう?」

 「大丈夫だよ、行こう」

 

 言うとすぐにセリエスさんは壁際に置いていた剣と盾を持ってきた。盾は普通のレザーシールドだけど剣がすごい、長さはいわゆるロングソードなのに厚みが普通の倍くらいある。鋼の塊って感じの武骨な武器だ。

 

 対してぼくは布の服とヒノキの杖だ。一般的な冒険者の魔法使いはローブとマジックスタッフ、宝石が先端に取り付けられたごつごつした杖、がイメージとしては定着している。もちろんアークゼスト様の冒険者時代の姿が由来だ。

 

 「えっと、バッソ君……。軽装だけど、大丈夫なの?」

 「見た目は山歩きの村人って感じだけど、これはぼくの師匠からの餞別なんだ。こう見えてなかなかすごいんだよ」

 「んーー、まあそれを見極めるための下積み依頼だからね」

 

 普通の服と、軽く握れる程度の太さで地面から胸くらいまでの長さのただの棒にしか見えないヒノキの杖、これらを見てセリエスさんが不安に感じるのもおかしくはない。

 

 というのも魔法使いのローブがだぼだぼなのは魔法繊維を適切に織り込む面積が必要だからだし、杖がごつごつで大きな宝石がついているのは魔法の発動起点とそれをスムーズに動かすための回路が内部に必要だからだ。

 

 けどぼくが師匠から旅立ちに際して贈られた服は普通の少し裕福な村人の旅服にしか見えないし、ヒノキの杖は歩行補助の杖にしか見えない。

 

 けれど実はどちらも師匠の熟練の技による一品で、布の服は斬撃衝撃防御に魔力阻害を備えた魔法の鎧並みの防御性能をした服で、ヒノキの杖は故郷の森にある霊木ヒノキの枝を継ぎ目一つ見えない特殊な組み方で作られた一級の魔法発動起点だ。こんなすごいものを作れるなんて、さすが師匠手先が器用。

 

 そして装備品の説明をしながら歩いているうちに、セリエスさんとぼくは外壁で囲まれた町の外、草原地帯へとたどり着いていた。

 

 「さて、本来はパーティで協力して依頼解決に取り組むわけだけど、今回は下積み依頼だからね。私は指示をされれば手伝うけれど助言も忠告も基本的にはしないから、バッソ君が思うように動いてみて」

 「うん、じゃあまずはフタバを探すね」

 

 そう言って、あたりを見回す。

 

 まだすぐ後ろに町へ入る門があって、門番の人の表情まで見える程度の距離だからモンスターもあたりにはいない。おかげで落ち着いて周囲を観察できた。

 

 「フタバは日当たりのいい草地にはどこにでも生えるから……、あった!」

 「え! もう見つけたの?」

 

 ぼくは師匠から野外活動についても教わっていたし、そもそも田舎者だからこういうのは得意だ。とはいえ冒険者であるセリエスさんが便利な雑草とまでいわれるフタバを見つけただけでこの反応なのは逆に意外だ。

 

 「えっと、私じつはそういうの苦手でね。腕力で解決できることは得意なんだけど」

 

 頬をかきながら、「たはー」とかいっているセリエスさんは実にかわいらしいけれど、内容の方は実に力強い。非常に頼りがいのある人だ、・・・ぼくはこれでいいのだろうか?

 

 「と、とにかく、あとはゴブリン討伐だね。向こうの岩陰なんかがあやしいから見に行こうよ」

 「わかったよ。バッソ君は本当に基礎がしっかりしているね、すごくいいことだよ」

 

 にっこり笑ったセリエスさんに褒められた。これも必要なことをしっかりと教え込んでくれた師匠の薫陶のたまものというやつだろう。実地で役立つことをしっかりと身につけさせてくれているなんて、さすが師匠教え上手。

 

 草原に点在する大岩のうち、手近な一つにある程度近づいたところで、ぼくは足を止めてセリエスさんの方を向いた。

 

 「ちょっと待ってね。ここから探ってみるから」

 「お! ついにバッソ君の魔法が見られるんだね」

 

 きらきらとしたセリエスさんの視線に照れながらも、ぼくは意識をヒノキの杖へと集中していく。発動させるのは風の基礎魔法だ。

 

 集中した意識が、魔力の流れとしてヒノキの杖の内部で回路を形成していく。“風”“吹く”“届ける”という回路を準備できたところで、それらをつなげて発動させるべく言葉を放つ。

 

 「“風よ聞かせて”」

 「???」

 

 セリエスさんがすごく不思議そうな顔をしている。きっとぼくの魔法名が特殊だからだろう。

 

 現在一般的な魔法の名前は、ファイアボール、ウインドカッター、とかそんな響きだ。けれど師匠は変わった感性の人で、火の玉よ爆ぜて、風の刃よなぎ払って、とかそんな風に唱えていた。

 

 師匠は好きなように魔法名はつけなさいと言っていたけれど、ぼくにとって一番かっこいい名前にしたら自然と師匠風になっていた、それだけのことだ。

 

 けれどこれは全く一般的な感性でも習慣でもないので、セリエスさんの反応も当然のことだろう。

 

 とはいえ、魔法は魔力で紡ぐ回路こそが本質で大事なのであって魔法名は実はなんでもいいから、今回もしっかりと発動した風の魔法の効果が表れていた。

 

 たすっ、たすっ

 『ギィッ、ギギ』

 

 草の上を歩く足音とゴブリン特有の甲高い声、それらがすぐ目の前の何もない空間からはっきりと聞こえてきた。風に乗せて遠くに音を運ぶ魔法、一般的にはウインドボイスと呼ばれる魔法の効果だ。

 

 それを聞いてすぐに真顔になったセリエスさんがこちらをじっと見ている。

 

 「ゆっくり近づいて姿が見えたらすぐに魔法で攻撃するよ。ぼくは基礎魔法しか使えないから、仕留めきれずに近づかれたらセリエスさんが前に出て足止めをお願い」

 「うん、了解したよ」

 

 セリエスさんはひとつ頷くと、すっとぼくの横に控えてくれた。盾を持った戦士が一緒にいてくれるとすごく安心して魔法が使えるな。

 

 手順をイメージしながらじりじりと進んでいくと、子どもくらいの背丈の半裸の人型モンスター、ゴブリンが見えた。

 

 何もない空間から火の玉や氷の槍をだすのが一般的な魔法のイメージ、だけど未熟なぼくが使えるのは基礎魔法だからせいぜい火花や水滴どまりだ。

 

 だから攻撃に使えるほどの威力を出すにはすでにあるものを利用する必要がある。ここは草原、草と土を利用しない手はないだろう。

 

 まずは“草”“伸びる”“絡む”と準備して、と。

 

 「“地の草よとどめて”」

 

 『ギッ? ギギギギイイイイ』

 

 ちょうどこちらに気づいたゴブリンが粗末なこん棒を振り回して威嚇しようとしたところで、ゴブリンの足元の草が急激に伸びて絡み、その場にその両足を繋ぎ止めた。

 

 つづいて“土”“固まる”“伸びる”“急激”、これは今のぼくが御しきれる中では一番複雑な構成になる。

 

 「“地よ槍となって貫いて”」

 

 驚いて暴れるゴブリンの足元の土が盛り上がったと思った瞬間、まさに地が爆ぜる勢いでヒノキの杖ほどの太さと長さの土槍が飛び出してゴブリンを貫いていた。

 

 貫かれたゴブリンが魔力に還って空中に透けるように消えていく中、横からセリエスさんのつぶやきが聞こえてきた。

 

 「すごい。規模だけは確かに基礎魔法だけど、無駄がなくてものすごく効果的だ」

 

 先輩冒険者で、優しくてかわいいお姉さんであるセリエスさんにこうも驚いてもらえると正直うれしい。顔がにやつくのは当然のことだと思う。

 

 そして師匠が教えてくれた基礎魔法は冒険者の先輩の目から見てもすごいそうです、さすが師匠本当にありがとうございます。

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