第31話 拡がる焦燥
冒険者ギルドでは既に訓練場を避難場所として開放して、内外を冒険者たちで防衛しているようだった。
「ゴラさん!」
「おお、お前ら無事か。何か情報は持ってるか?」
建物前で通りににらみをきかせていたゴラノルエスさんに声をかけると、すぐに確認が返ってきた。
「門の外に尋常じゃない数のモンスターが群れていた。それを衛兵から聞かされている時にこの騒動が始まったんだ。町中は散発的だがモンスターの発生で混乱してるな」
ノブおじさんが簡潔に伝えると、ゴラノルエスさんは額を抑えて呻いた。
「むぅ。なんだ、モンスターに戦争でも仕掛けられてんのか? しかしそれなら方針は一つだ、冒険者ギルドは何とか町中を駆け回って少しでも町の人を助けて回る。モンスターの大群は……」
「あたしが、お師匠様、デルゲンビスト様に必ず伝えに行きますわ!」
ニトさんが決意も固く言うと、ゴラノルエスさんもすぐに頷いた。
「そうか、あんた親父の弟子だったか。よし、バッソ、ノブ、任せたぜ」
「うん!」「おう!」
方針を固めた所で、セリエスさんがぼくの肩を軽く叩いた。
「私はここで冒険者として町の人の救助に加わるから、そっちはお願いね」
「うん、大丈夫だよ!」
強い視線で見つめるセリエスさんを、こちらも決意を込めて見返すと二人して頷きあった。そして、ぼく、ノブおじさん、そしてニトさんとトラマルは冒険者ギルドから離れて魔法ギルドの建物がある方へと移動を始めた。
何度もモンスターに遭遇し、しかし状況から優先度を考えて町の人が襲われている時以外は全て駆け抜けてきた。外の大群への対処が遅れると今の混乱とは比較にならない悲劇が起きてしまう。
「兄さんのゴレムン!」
魔法ギルドの前で何人かがモンスターと戦っている、その中にアイアンゴーレムがいるからノルストさんもいるみたいだ。そしてこのタイミングで明らかになるノルストさんの使い魔の名前。
「“アイスランス”」
ごごごごごっ
妙に高い声と共に、細長い氷槍が頭上に複数出現し、次の瞬間にはゴブリンやグラスウルフの上へと降り注いだ。
複数同時発動に射出経路も変更して、それであの数を全部当てるなんて、ものすごい高等技術だ!
「あら、バッソ君! ニトちゃんを連れてきてくれたのね!」
「えぇ!?」
なんと、高等技術の出所はいつも魔法ギルドの受付にいるおばさんだった。この人こんな強かったの? 完全に実戦タイプの魔法使いだよ!
「副ギルド長! お師匠様は?」
「裏庭で避難してきた人たちから話を聞いているわ、何か知っているならニトちゃんたちもすぐに行ってちょうだい」
そしてさらに明らかになる衝撃の事実!
冒険者ギルドは王都にあるのが本部で、他は支部だ。一方で魔法ギルドは当代のギルド長がいる所が本部になって、他が支部になる。そして本部になった魔法ギルドの副ギルド長とはつまり、事実上の支部長だった。
「えぇー?」
「おどろくよね?」
ノブおじさんとぼくはこの状況にも関わらず驚愕していた。人は見かけによらないにも程があった。
「バッソさん! 行きますわよ!」
「あ、うん!」
ぼーっとしている暇はないんだった。ニトさんに声を掛けられて気を取り直したぼくとノブおじさんはニトさんに続いて魔法ギルドの建物内へと入っていった。
入る直前に、見える範囲のモンスターを一時的に一掃できたノルストさんが一息ついているのが見えたけれど、ぼくらが視線を向けているのに気づくとぞんざいな手ぶりで速くいくように促されてしまった。
とはいっても、お互いの無事な姿を見て、ニトさんもノルストさんも少し安心した様だった。
建物内に入った所で、受付のあるスペースへとちょうどデルゲンビスト様もやってきたところだった。
「ニトにバッソ君、それにノブ君も、無事じゃったか!」
「お師匠様、大変なのです!」
険しい顔で入ってきたデルゲンビスト様だったけれど、ぼくらを見て破顔一笑した。かなり心配されていたようだ。
けれども今は無事を喜びあっている場合でもない。
「デルゲンビスト様、町の外にモンスターの大群がいるのを見てきました。衛兵の人たちも門に集まっていて、町中の方は冒険者でなんとかするしかないような状況なんです!」
「大群じゃと! 何の報せも無く突然にというのか」
デルゲンビスト様もすごく驚いている。
「モンスターの大襲撃などまるで魔王時代の再来ではないか。……いや、今そんなことを考えている場合ではないな。大群が徐々に近づいてきたならもっと前に騒ぎになったはずじゃ。それにこの町中でのモンスター発生、同じ原因と考えるべきじゃろうな」
「この間のアンデッド発生と関係が?」
ノブおじさんの疑問はぼくも考えていたことだった。あの件は何者かが意図的にマミーを発生させた可能性があった。
そして今回のモンスター発生騒ぎだ。あまりにも規模の違う話ではあるけれど、繋げて考えるなという方が無理があるように思える。
「関係ありそうじゃが……、まずはその町の外の大群に対処すべきじゃな」
「ぼくらもご一緒します」
「あ、あたしも!」
少しでもデルゲンビスト様が力を温存する役に立てばと思って申し出ると、ニトさんも追従してきた。しかしデルゲンビスト様はそんなニトさんへ厳しい目を向けた。
「ニトは駄目じゃ、何より柔軟な判断力に欠けるお前ではこの混乱の中を連れまわすことはできんよ。裏庭で避難してきた人たちの護衛につくのじゃ」
「ぅ……。はい」
確かに厳しい言葉だけど、その通りだった。町中のモンスター発生も徐々にその頻度を上げていっているようだし、魔法ギルドまで辿り着いた以上はニトさんを連れまわすことはできない。
クルル
トラマルが甘えるように喉をならして、ニトさんの手へと頭を擦り付けている。それで少し励まされたのか、ニトさんは顔を上げるとぼくの方をしっかりと見た。
「バッソさん、ご無事で。お師匠様のこともお願いしますわ」
「ありがとう、大丈夫だよ」
安心させるように出来るだけゆっくりと答えると、ニトさんはトラマルを連れて裏庭の方へと向かっていった。
「うむ、ニトもすっかり慢心が消えてきちんと判断が出来るようになってきおったわい」
こんな時ではあるけれど、デルゲンビスト様は愛弟子の成長を感じたようで、長い髭を撫でながら目を細めていた。
「じゃあ、行きましょうか」
ノブおじさんの声で動き出すと、デルゲンビスト様が先頭に立って正面玄関の扉を開けた。
ギィィィ!
ちょうどタイミング悪くモンスターがまた発生したところへと出てきてしまったようだ。
デルゲンビスト様の前と、通りの中央辺りに一体ずつゴブリンが現れて吠えている。
「擦り抜けて行ってください! ここは私たちで」
ノルストさんが大きな声で言ってきたけれど、デルゲンビスト様は余裕のある動作で手を上げて制すると、よく通る低い声で言った。
「問題ない、この程度」
すぐ前にいたゴブリンがこん棒を振り上げてデルゲンビスト様へと殴りかかろうとしていたけれど、当のデルゲンビスト様は右足を引いて半身になると、空気を切り裂く音をたてて右腕をゴブリンへと向かって振り抜いた。
ひゅっごぅ
ギィエ
並の戦士職冒険者を凌駕するほどの身のこなしで振るわれた拳はゴブリンを軽く吹き飛ばし、すぐに繰り出した右拳を引きながら、今度は左手に持った杖を突きだしていた。
「“アイスシュート”」
杖の先端から放たれた氷の礫は、離れたところにいたゴブリンへと高速で到達して貫き、通りの反対側の建物外壁にあたって砕け散った。
まさに目にも止まらぬ動作で二体のゴブリンを倒してしまった。ぼくも自衛のためにある程度の体術を使うけれど、デルゲンビスト様の場合は完全に戦士職の身体能力と身のこなしだ。
これで本職は大規模魔法が扱えるほどの魔法使いなのだから、金クラスの実力者というのは本当に規格外だ。
「よし、それでは行こうかの」
威風堂々と肩で風を切って歩きだすデルゲンビスト様に、ぼくとノブおじさんも慌ててついて行くのだった。
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