第30話 ソルベ騒乱

 「…………」

 

 町から少し離れて、視界の三分の一を埋めるほどのモンスターがうごめいているのを見て、ぼくは言葉も出なかった。

 

 モンスターの群れの中心は離れているとはいえ、そこから散発的にこちらへとモンスターが向かっていた。元の数が数なので散発的でもそれなりの数がいる。

 

 今は衛兵の人たちが弓矢や魔法など遠距離攻撃だけで対処しきれているけれど、何かのきっかけであの群れそのものが突っ込んできたら、とても迎撃できるとは思えない。そうなると門の内に閉じこもって耐えるしかなくなるだろう。

 

 「お、お師匠様に、し、し、知らせないと」

 

 ニトさんが唇を震わせながら、しかしはっきりとそう言ったのを聞いてはっとした。

 

 「そうだ、デルゲンビスト様なら大規模魔法も使えるはずだよね。とにかくこの状況を伝えないと」

 

 今、最大の問題は衛兵の人たちがここにくぎ付けにされていて、町中へはうまく伝わっていないことではないだろうか。そのおかげでまだ混乱が起こっていないともいえるけれど、対処もまるでできていない。

 

 「道順としては冒険者ギルドが近いから、まずそっちへいって報告しよう。それからバッソ君とノブさんはニトちゃんを連れて魔法ギルドへ報せに向かって」

 

 セリエスさんが強張った、険しい顔でこちらを見て言った。

 

 「!?」

 

 その時、門の内側、町中から悲鳴が聞こえてきた。それも一つじゃない?

 

 「何が?」

 

 慌ててぼくらが通用門から中へと戻ると、衛兵によってゴブリンが危なげなく倒されているところだった。

 

 「は? モンスターだと? どこから入ったんだ?」

 

 ノブおじさんが呟いたように、どこから入ったというんだろうか。門以外は外壁で覆われているソルベの町へはそうそう侵入できるものではないはずだ。

 

 「突然、地面から湧き出るように、ゴブリンが出てきたんだ。町中でこんなこと、今まで……」

 

 衛兵が精一杯冷静に伝えてくれたけれど、信じられないことだった。

 

 モンスターは魔力が集まることで生じる。アンデッド系のような例外はあるけれど、大半のモンスターは確かに何もないところから湧き出てくるということが知られている。

 

 けれど人間が多くいる、それこそ生活しているような場所では魔力が常にかき回されるために一か所に集中して淀むようなことがない。だからある程度大きな町中ではモンスターは自然発生しないといわれているし、実際そんな例は聞いたことも無い。

 

 「――! 他にもいくつか悲鳴と戦闘音が聞こえるな。これは急いだ方がいい」

 

 ノブおじさんが町の中心方向へ顔を向けていうように、この状況はどうもこの場所だけではないようだ。

 

 「戦闘音がするってことは冒険者たちが対応を始めているのだとは思うけれど、とにかく報告にいかないといけないね」

 

 セリエスさんが再度確認するように言ったのを合図にぼくらは走り出した。

 

 

 

 「徐々に増えてないか!?」

 

 少し行った所で、ぼくらも発生するモンスターに出くわすこととなっていた。

 

 「とにかく、逃げてください! 冒険者ギルドか魔法ギルドなら避難場所になるはずです!」

 

 ノブおじさんとセリエスさんが一体ずつゴブリンを抑えている間にぼくは恐慌寸前の通行人へと叫んだ。

 

 「ひぃ……、あ、わ、わかっ」

 

 ことさらに大きな声を出したのが良かったようで、とにかく動き出してはくれた。

 

 ギィィ

 

 ゴブリンの声へと顔を向けると、ノブおじさんとセリエスさんは危なげなく一体ずつのゴブリンを倒したようだった。

 

 けれど、安心するような暇もなくさらに一体、ぼくとニトさんの目の前で今度はグラスウルフ、見た目でわからないからフォレストウルフかもしれないけれど、が発生した。

 

 「っ!」

 

 ニトさんはまだ状況に混乱しているのか、立ちすくんでしまっている。

 

 「大丈夫、ニトさんはぼくらが魔法ギルドまで届けるから」

 

 言いながら、ヒノキの杖を縦回転させ、“雷”“纏う”“弾ける”と構成する。

 

 「“雷よ杖に伝って”」

 ばぢんっ

 

 発動とほぼ同時に頭頂へと叩きつけた杖から、グラスウルフへと雷が流れた。魔法ギルドでの修行の成果で、さらにスムーズな魔法発動ができるようになっていることを実感して、少し口元が緩む。

 

 「バッソさん、こんな状況で、すごい……」

 

 けれど、突然現れたゴブリンとグラスウルフを危なげなく余裕をもって対処できたのを見て、ニトさんも少し落ち着いたようだった。

 

 「あっちにも!」

 

 セリエスさんが声を上げて指す方を見ると、少し離れた通りの端でゴブリンが二体現れるところだった。すぐ横ではないけれど、ぼくらよりは近くにそれぞれ小さな子どもを抱きかかえた夫婦がいて、驚いている!

 

 「今度はあたしだってっ!」

 

 ニトさんが小さく杖を振って魔法の回路を構成していく。今のニトさんなら詠唱は必要としない。

 

 「“ライトニング”!」

 ばぢっ

 

 一緒に修行しながらコツを教えた魔法、ぼくが“雷よ貫いて”と唱えるライトニングだ。

 

 それなりに距離があったにも関わらず、ニトさんが放ったライトニングは見事にゴブリンを二体とも貫通していた。

 

 「っぁ、ありがとうございます」

 

 懸命に礼をいう夫婦を行かせると、ニトさんもほっと息をついたようだった。そして次ははっとすると慌てたように左手で空中に陣を描いた。

 

 キュゥゥ

 

 すぐに出現したニトさんの使い魔である白いトラ、トラマルはニトさんの手に鼻先を寄せていたわる様にしている。

 

 ニトさんが小声で「ごめんね」といいながら撫でているから、トラマルからすぐに呼び出さなかったことの不満の感情でも伝わってきたのだろう。

 

 「急ごうか」

 

 ノブおじさんの声に再び冒険者ギルドの方向を向いて、進みだした。今、近くにはモンスターは見当たらないけれど、相変わらず悲鳴と戦闘音はそこかしこから聞こえてくるから状況は悪化しているようだった。

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