第29話 雲霞の如く

 「町の外へフタバを採りに行くので、バッソさんに護衛として同行していただきたいんですの」

 「フタバくらい採ってくるよ?」

 

 あ、ニトさんの目が潤んでいる。そうだね、そういうことじゃないよね。

 

 「えっと、うん、いいよ。今日でいいの?」

 「ええ、ぜひ今から」

 

 今度は笑顔になったニトさんを見て、受けて良かったと思うぼくは甘いのかもしれない。

 

 「面白そうだし、私もついていっていいかな?」

 「え? けれど依頼料が……」

 「ううん、いらないよ。私が勝手についていくだけだしね」

 「それなら、あのよろしくお願いします」

 

 セリエスさんもついてくることで決まったようだ。

 

 ニトさんは初対面で緊張しているのかセリエスさんに対してまだ少したどたどしい。

 

 「まあ、フタバを探すだけなら町の近くで済むし、すぐに出発しよう」

 

 ぼくがいうと皆も同意して、すぐに冒険者ギルドをでたのだった。

 

 

 

 「なんかざわついているというか、雰囲気がおかしいね」


 通りに出てすぐに、その雰囲気には気付いた。

 

 「なんでしょう? よくない感じがしますわ」

 

 ニトさんが自分の杖を抱くようにして言ったように、とにかく嫌な雰囲気だけが感じられる。通りにいる町の人々も、それぞれにきょろきょろしたり話し合ったりして不安そうなのだけど、その出所がよくわからない。

 

 「今向かっている方、門の方向から伝わってきているようだな」

 

 ノブおじさんが進行方向を見据えて言った。セリエスさんも門のある方向をじっと見ている。

 

 「門、ていうことは、町の外で何かあったっていうことかな?」

 「だろうな。それでその騒ぎがこっちの方までそれとなく伝わっているんだろう」

 

 言いながら、門が遠くに見え始めてきた。ここからでも衛兵の人たちがかなり慌てているのが分かる。それに昼間は開いているはずの門扉が閉じて、脇にある通用口から頻繁に衛兵が出入りしている。

 

 たまたまなのか、衛兵以外の人は周囲に少なく、皆何が起こっているかはよく分かっていない様子だ。

 

 「とにかく、話を聞いてみよう」

 

 言ってから、足を速めて、町中の方を向いて門へと人を近づけないようにしている二人の衛兵へと近づいて行った。

 

 「あー、邪魔かもしれないんだが、ちょっと話を……」

 

 ノブおじさんが気を使いつつ話しかけたところで、衛兵は切羽詰まった様子で声を上げた。

 

 「その恰好、冒険者か。良かった! 連絡に人を送る余裕も無かったところだ。とにかく説明するより見てもらった方が早い」

 「え? ちょっと……」

 

 そう言ってすぐにぼくの腕をとって門の方へと引っ張っていこうとする衛兵に、ぼくは戸惑いの声を上げた。悪意や敵意ではなく明らかに焦っているその様子に、ノブおじさんも止めに入るべきか判断しかねているようだ。

 

 「ちょっと失礼ではないですの! 魔法ギルド長デルゲンビスト様の直弟子であるあたしが、護衛を頼んでいる冒険者の方ですよ!」

 「魔法ギルド長……!」

 「分かればいいのです。さあその手を放してまずは事情を……」

 

 デルゲンビスト様の名前を聞いて、衛兵は目を大きく開いて驚いているようだ。

 

 「よし、助かった。外を見たら、魔法ギルドへもすぐに連絡を頼む、いや頼みます!」

 

 しかしその驚きはニトさんの意図したものとは違ったようで、ぼくらはすぐに通用口へと連れてこられた。この辺りの衛兵の人たちにも明らかな不安と焦りが見て取れる。

 

 「冒険者たちに状況を見せる、通してくれ」

 

 一様に強張った表情の衛兵達が道をあけて通してくれる。

 

 そしてぼくらはそれを見ることとなった。

 

 町の外、まだある程度距離のある辺りを埋め尽くすほどの、雲霞のごときモンスターの群れを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る