第32話 ソルベ門外 ~予定通りの結果~

 なるべく出現するモンスターの相手はぼくとノブおじさんでするようにしつつも、無事に門までやってこれた。

 

 町中を全力疾走するイメージがある肉体派のデルゲンビスト様だけど、今回ばかりは体力と魔力の温存を優先したようで、早歩きくらいのペースだった。

 

 「で、デルゲンビスト様! 皆、魔法ギルド長が到着したぞ!」

 「「「おおぉぉ!!」」」

 

 始めにこちらに気付いた衛兵が声を上げると、辺りから歓声が響いた。

 

 「今の状況はどうなっておる?」

 「は! 門は完全に閉ざして外壁上部からの攻撃でモンスターに対処しております。モンスターの大群本体は遠目にもその数を増し続けているのが見えるものの、こちらへは散発的にばらけて襲い来るのみで、現在の所は大きな被害はでておりません」

 

 ぼくらがここを離れた時から、状況に大きな変化はないようだ。増え続けているというのは怖ろしいけれど……。

 

 「わしが外へ出てモンスター群の本体へと大規模魔法を叩き込む。発動までの護衛はこのバッソ君とノブ君に頼むから衛兵隊は開門と発動後の残党をお願いできるかの」

 「承知いたしました。門を開くとともに我々で門前のスペースを確保しますので、頃合いを見て出て下さい」

 

 受け答えをしていた少し年嵩の衛兵が、周りに指示を出して動き始めた。衛兵の人たちは皆揃いの部分鎧とロングソード、それから腰の後ろに短いこん棒という装備で違いがないからわからないけれど、見る限りあの人が隊長かそれに近い立場のようだ。

 

 がごぉぉん

 

 重々しい音を伴って門扉が開き、無駄の少ない動きで大勢の衛兵たちが外へと出て行った。

 

 門まで到達していたモンスターは未だ散発的で、遠距離攻撃でその殆どを倒していたため、門前のスペース確保はとても順調に完了した様だった。

 

 「では行こうかの」

 

 デルゲンビスト様が小さく言ってから歩き出し、ぼくとノブおじさんも左右について続いた。

 

 門を出てすぐの場所に立ち止まって見ると、ちょうど半円を描くように衛兵たちが展開してこちらを守ってくれている。

 

 相変わらずモンスターの大群はうごめいているものの、その中心位置は動いてはいないように見える。とはいえ数が数なので、そこからこぼれるようにしてこちらへと向かってくるごく一部でもそれなりの数が常に向かってきているような状態だ。

 

 そしてその向かってくる一部については、今も外壁上部からの迎撃は続けているので、ぼくらを囲む半円陣まではほぼ到達していない。

 

 この状況は最悪の一言に尽きるけれど、この町にデルゲンビスト様がいたこと、そしてこれだけ迅速にこの布陣まで持ってこられたことは不幸中の幸いといっていいように思える。

 

 「――、――――っ!」

 

 すでにデルゲンビスト様は大規模魔法の詠唱に入っている。大きな身振りをする度に、発動体である杖内部に収まりきらない魔法回路が光を放つ魔法陣としてデルゲンビスト様の周囲に展開されていく。

 

 通常、魔法は発動者が自分の体内魔力を使って、回路を構成した通りの現象を発現させる。しかし大規模魔法と呼ばれるものになると、自己魔力は発現のきっかけにのみ使い、そこから連鎖的に空中に存在する自然の魔力を誘爆させる様にして発動する。そのため大規模魔法とはいえ必要とされる魔力量はそこまで多くはない、しかしその回路の構成は極端に難しい。

 

 だからこそ、魔法使いの場合は大規模魔法が使える時点で金クラスの実力者であると世間からは認識される。まあ実際に冒険者として金ランクになるためにはさすがにそれだけでは足りないのだけれど。

 

 デルゲンビスト様の周りに展開される魔法陣の数が増えるにつれて、空中の魔力が共鳴し、うなりをあげているように感じる。魔法的な意味で鈍い人には感じられないだろうから、今衛兵たちの中で慄いている人は魔法使い適正が高いということになる。

 

 「――?」

 

 しかし、デルゲンビスト様自身の魔力が高まり、空中の魔力まで共鳴し始める中で、ぼくは不意に違和感に気付いた。

 

 「どうした?」

 

 きょろきょろとしていると、デルゲンビスト様を挟んで反対側に立っていたノブおじさんが小声で問いかけてきた。

 

 「全然別の魔力がこの辺りに向けられているような……」

 

 そこまで言ったときだった。

 

 ずがあぁぁぁん!

 

 ぼくらのいる場所のすぐ上空を横切るように巨大な稲妻が走った。

 

 「なんじゃあ?」

 「ぐっ、まともに見ちまった!」

 

 とっさに目だけは腕で守ったものの、大音響は防ぎようもなく耳鳴りがして頭がぐらつくように感じる。

 

 大規模魔法に集中していたデルゲンビスト様と魔法発動に鈍いノブおじさんはまともに光と音を受けてしまったようだ。デルゲンビスト様の魔法回路の構成は崩れかけているし、ノブおじさんも目を細めて手で耳を押さえている。

 

 ぼくらを囲んでいた衛兵たちも軒並みやられたようで、皆ふらついている。

 

 かなりの至近距離で魔法が放たれたようだったから、これを仕掛けた元凶がどこか近くにいるはず……。

 

 そう考えて耳鳴りを堪えながらも警戒しようとしていると、黒い影が視界を横切るのが見えた。

 

 衛兵たちをすり抜けて、ぼくから見てノブおじさんの向こう側から黒装束の人物が信じられない程のスピードで駆けてきていた。

 

 一切鎧や装甲のない少しだぼっとした黒い衣服で手先まで覆い、両目部分の穴以外は装飾のない不気味なほどシンプルな黒い仮面。対照的に仮面の隙間から見える地肌はとても白く、短く雑に切られた銀髪はそこだけ輝いて見えるほどだ。子どものように小柄で服装のせいもあって男とも女ともわからない。

 

 そしてその黒い人物は右手に細身のサーベル、これも煤の様なものを塗っているのか刀身まで黒い、を持って瞬き程の間にぼくらの至近まで迫ってきていた。

 

 「っづああ!」

 

 未だ目も耳も回復していない様子のノブおじさんが、気配だけを頼りに、しかしとても鋭く自分の剣を振り上げるようにして斬りかかっていく。

 

 しかし、かすかな衝突音を伴って黒い人物はノブおじさんの斬撃を避けつつ、ステップを踏むように軽やかに通り過ぎた。独特の緩急で認識の隙間を突くように動くノブおじさんの身のこなしは、特に初見では反応することも難しい。しかしこの黒い人物は高速で走りこみながら、足を止めることも無く避けたのだった。

 

 「“アイスシールド”」

 

 しかしこの一瞬の攻防で判断を下したデルゲンビスト様は、すでに崩れかかっていた大規模魔法の発動を放棄して、氷を薄く張って物理的な攻撃を防ぐ防御魔法を発動させていた。この氷の防壁は発動者の技量次第で強度が決まるから、おそらくデルゲンビスト様の張ったこの防壁はそうそう抜けるようなものではないはずだ。

 

 そのはずだった。

 

 ぱき……ぃぃぃん

 「ぬああああ!」

 

 高い破砕音が鳴り、デルゲンビスト様は黒い人物に左手を押し付けられた体勢で悲鳴を上げている。刀身の黒いサーベルを引き、突き出された左手には何か土色のメダルの様なものがあった。

 

 「デルゲンビスト様! “地よ礫となって”」

 

 ここでようやく体が動いたぼくは、魔法を発動して目の前に土塊の礫を浮き上がらせ、間髪入れずに杖で打ち出した。

 

 しかし、黒い人物は余裕さえ感じさせる動きで二歩、三歩と後退し、衛兵たちの反対側、ちょうど門扉の場所まで下がってしまった。ノブおじさんはまだ目眩ましの影響下にあって、近くに来ない限りは手出しのしようがなさそうだった。

 

 そして黒い人物が離れたことでデルゲンビスト様は地面へとひざをつき、押し付けられていた土色のメダルは落ちることなく消えてしまった。

 

 「ぐぬぅ、封魔紋章か……」

 

 息が荒く、辛そうな様子のデルゲンビスト様が言ったのは古代のマジックアイテムの名前だ。ごく稀に遺跡などから発見されるもので、これを使われるとどれ程の実力者であっても丸一日は魔力が体外発動できなくなる、つまりは身体強化は使えるものの魔法が一切使えなくなるらしい。

 

 「お前……」

 

 中性的な、少年とも少女ともつかない声で呟いた黒い人物は、仮面を撫でながらノブおじさんの方を向いている。仮面から唯一見える目がノブおじさんを凝視していた。

 

 よく見ると撫でている仮面の端が欠けて全体を横断するように薄くひびが入っているようだった。おそらくさきほどの通り過ぎ際の一撃が掠っていたのだろう。

 

 ひざをついて息を切らせているデルゲンビスト様のことが気になるけれど、今この場でまともに対処できるのはぼくしかいない。さっきはデルゲンビスト様が攻撃されるその瞬間まで状況について行けず、固まってしまったことへの後悔を唇を噛んで堪えた。

 

 「ふふふふふ、素晴らしく予定通りでございますね。頬が緩むのを禁じ得ないのでございますよ」

 

 その時、甲高く鼻にかかったような男の声が、黒い人物の近くから聞こえた。

 

 「彼らのお膳立てがあったとは申しましても? ワタクシの能力が高すぎる故と考えるのでございますよ」

 

 おかしな敬語で訳の分からないことを言いながら、門の陰から歩み出てきたのは身なりのいい商人のような服装をした中年の男だ。音楽家の指揮棒の様な小型の杖を、それこそ指揮でもするように軽く振って楽しそうにしている。

 

 オールバックに撫でつけられた茶色の髪に、細い輪郭の顔で目も糸のように細い、なんというか蛇のような印象を抱かせる見た目をしている。

 

 その蛇男は振っていた小型杖を大仰に振り上げてから、すっと伸ばしてデルゲンビスト様へと向けた。

 

 慌てて間に入って警戒するぼくをにたにたとした顔で見ながら、蛇男は続けた。

 

 「ここまでくれば計画は成功も同然な訳でございますから、衛兵の皆々様が立ち直る前に引かせて頂きますとも。しかし魔法ギルド長殿、明日の朝日を拝めると良いですね?」

 

 それだけ言うと、蛇男は身をひるがえして軽い身のこなしで町中へと走り去っていく。

 

 「……」

 

 この間もノブおじさんを見ながら仮面に手を当てていた黒い人物も、蛇男に遅れて去っていった。

 

 おそらくは、始めの目眩ましは蛇男の仕業だろうし、仮面の黒い人物はデルゲンビスト様襲撃の実行犯、どう考えてもこんな危険人物たちを町中へと入らせて良い訳がないのは分かっていた。

 

 けれど、衛兵の人たちは殆どが近くにいたモンスターもろともに未だ朦朧としていて、ノブおじさんも満足に動けない状態、そしてデルゲンビスト様はケガこそしていないけれど大変なことになってしまった。

 

 どうしていいか分からず、何もできず、ぼくはただ警戒が必要と自分に言い聞かせながら立っているだけだった。

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