第33話 裏ギルド

 衛兵の人たちが回復し、モンスターの大群との膠着状態へと戻ったことを確認して、ぼくらはデルゲンビスト様とともに一旦冒険者ギルドへと移動していた。

 

 マキリさんやメーネさんら職員の人たちが慌ただしく右往左往する中、端の方へと移動してゴラノルエスさんとセリエスさんを交えて相談をしているところだった。

 

 「なんたることじゃ。この様な不覚をとるとは!」

 

 デルゲンビスト様の体調はすでに悪くはなく、先ほどは封魔紋章を使われたことによる一時的なショック症状のようだった。

 

 ここまで移動してくる間にデルゲンビスト様のその戦士職並みの身のこなしは戻っていて、杖や拳でゴブリンを吹き飛ばしていた。しかし、やはり魔法は一切使えなくなっており、あの黒い人物のような一流の戦士に狙われると危ない状況だといわざるを得なかった。

 

 ここに来てすぐに、ぼくとノブおじさんから状況の説明をして、ゴラノルエスさんもセリエスさんも思い悩むようにして黙り込んでしまっていた。

 

 「仮面の黒装束は分からんが、蛇の様な印象の魔法使いなら心当たりがある」

 

 話を聞いてから今まで俯きがちに考え込んでいたゴラノルエスさんが、意を決したように言った。

 

 そしてこの場の全員の視線が集まったのを確認して、ゴラノルエスさんは続きを話し始めた。

 

 「バッソ達が以前サローの森で戦って捕縛したごろつきども、あれは三番倉庫の構成員だったんだが、三番倉庫は裏ギルドとはいっても要はただのはぐれ物集団だ。ルールに馴染めず力を持て余した連中が寄り集まって悪さをしている、それだけだ」

 

 皆小さく頷いている。実際にぼくらが捕まえたエゲゼ達も暴行や窃盗で冒険者ギルドを除名された連中だと聞かされていた。刑期を終えて牢から出てきても冒険者に復帰はできないから、戦う以外に仕事ができなかった彼らはああなってしまったようだった。

 

 「そしてこのソルベに存在が確認されている裏ギルドはもう一つある、二番倉庫と呼ばれる連中だ。こいつらは正真正銘の犯罪組織でな、構成員が捕縛されることもめったにない。アジトの場所も冒険者ギルドや衛兵隊では把握しているが、犯罪の実働はいつも三番倉庫のごろつきだから踏み込むだけの根拠を用意できないんだ」

 

 闇の深い話だった。二番倉庫はその存在も居場所も分かっているのに、組織として悪さを実際にするのはいつも三番倉庫だから、直接的には手を出しあぐねていた、ということらしい。

 

 「その二番倉庫の首領がキューラという男、元冒険者で正真正銘の悪魔だ」

 

 悪魔、悪質魔法使いの略称で、要するに魔法犯罪者だ。そう呼ばれるということは魔法を悪用した犯罪を起こし、そしてそれによって冒険者ギルドを除名されたということなのだろう。

 

 「かつての銅ランク冒険者で、銀にも到達するかもしれないといわれたほどの魔法使いだった。しかし元から犯罪者とつながっていたようでな、それを掴んで捕縛に動いた時には身をくらました後だった。その後ごく稀に捕まる二番倉庫の構成員への衛兵による尋問で、首領の座に収まっているという情報だけは知っていたんだがな、今回まで表に出ることは一切なかった。目眩ましだけとはいえ大掛かりな魔法が使える犯罪者で、中年の男、そして蛇の様な印象の見た目、そいつがおそらくそのキューラだろう」

 

 そうか、あの蛇男はキューラというのか。

 

 「なら、二番倉庫とその下っ端の三番倉庫からの襲撃に備える必要があるってことだな」

 「いや、それだけじゃ足りねぇな」

 

 ノブおじさんが端的に方針をまとめようとするとゴラノルエスさんがすぐに否定した。

 

 「あ、そうか、この状況、モンスターの襲撃も……」

 「全ては二番倉庫によって仕組まれたこのわしの排除計画だということか」

 

 デルゲンビスト様の言葉通りが有力な予想であると、この場の全員の見解は一致したようだった。

 

 「けどあんなに大量のモンスターを発生させるようなこと、犯罪者集団なんかにできるんですか?」

 

 セリエスさんの疑問はもっともに思えた。二番倉庫を甘く見るわけではないけれど、これだけのことができるならとっくにどこかでやっていたようにも思えるからだ。

 

 「まず、どこかの後ろ盾があるのじゃろうな。あの男、キューラもそのようなことを言っておったしのう」

 

 確かにそうだった。お膳立てがどうのと言っていたはずだ。

 

 「それと、モンスターを大量発生させる方法じゃが、発生させる古代のマジックアイテム自体は幾度も確認されておるの」

 「あ、それはぼくも聞いたことがあります。けれどそれは精々二、三体くらいだったはず」

 

 そう、現在の魔法技術では使い魔として魔力生命体を召喚することができるのみで、モンスターを発生させるようなことはできない。しかし古代にはそういった技術はあったようで、マジックアイテムとして数体程度のモンスターを発生させるようなものが見つかることがあるそうだ。

 

 けれど、モンスターは魔力が自然界のものを参考に形を成したもの。つまり発生させるためには単純に相応の魔力が必要となる。あれほど大量のモンスターを発生させるほどの魔力なんて想像もつかない程の膨大な量となるはずだ。

 

 「わしも大量のモンスターを無尽蔵に発生させるようなマジックアイテムは聞いたことがないがの、考えられぬほど大量の魔力を内包した宝珠のようなものの存在は聞いたことがある。つまりは、それほど大量に発生させることが可能な魔力を内包したモンスター発生アイテムがあったとしてもおかしくはないと思っておる」

 

 可能性の話ではあるけれど、人為的にこの状況を起こせるマジックアイテムは存在してもおかしくはないということなのか。

 

 「封魔紋章に、モンスター大量発生アイテム、どちらもかなりの財力や権力がないとそう手に入るようなものじゃねぇな。そして親父の排除が目的となると、二番倉庫の後ろにいる依頼者は隣国のどこか、ってことになるだろうな」

 

 なんてことだ。それって侵略する気だってことじゃないか。

 

 「けど裏ギルドなんかを使ってるってことは、ここで防ぎきればそのどこかわからん隣国からの侵略は未然に阻止できるってことだな」

 「そこが姑息で腹立たしくはあるが、そういうことになるな」

 

 ノブおじさんの言うように、その裏で糸を引いていると思われる国は全く表に姿は見せていない。あくまで今回のことが想定通りにいってから動き出すというつもりなのだろう。

 

 「どちらにしても、デルゲンビスト様は守らないといけないし、この町の被害もこれ以上大きくできないよ」

 「そうだな、不確定なことが多いが、こうなったら二番倉庫へ直接こちらから襲撃するしかない」

 

 ゴラノルエスさんの言葉に、近くを通っていた職員の人も息をのんでこちらを見ている。それだけ二番倉庫という犯罪組織はこれまで不可侵領域のような扱いをされていたのだろう。

 

 「でも、どうするの? この混乱だと領主様のところへ行っても捕縛許可なんて……」

 「二番倉庫は上にも食い込んでるからな、平時でもそんな許可なんて取ったら逃げられるか手痛い反撃をされるだけだ。問答無用で殴りこむぞ」

 

 セリエスさんの不安を受けて、ぼくもゴラノルエスさんを見ると、強硬な意見で返ってきた。そして最後の一言と共にゴラノルエスさんはデルゲンビスト様を見たけれど、デルゲンビスト様はただ黙って重々しく頷いた。

 

 魔法ギルド長、そして貴族であるデルゲンビスト・ゲルン・ハイゼンバッハー様がこの話を聞いたうえで頷いた、この緊急時にはそれで理由として十分ということで冒険者ギルドとして動く、そういうことになったのだった。

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