第35話 二番倉庫の奥

 「この建物の中にキューラと黒装束はいるのかな?」

 「分からないけど……、居場所とかモンスター召喚アイテムの情報は掴みたいね」

 

 すると少し見回して気配を探っていたノブおじさんがこっちを振り向いた。

 

 「ほとんど人の気配がしないな。けど誰も居ないという訳でもなさそうだ」

 「さっきの建物前にいた人たちが構成員のほぼ全員だったんだね」

 

 そうしてぼくらは建物内を探索し始めた。内部は外から見た通りの倉庫になっていて、建物内の半分くらいは大きなスペースに何かたくさんの荷物が積まれていた。残りの半分は物置や執務室のような小部屋が並んでいて、三階建ての建物は半分だけでも部屋を見て回るのに時間がかかってしまった。

 

 「ここに、いるな」

 

 三階に辿り着いて、奥の方にある扉を開けようとしたときに、ノブおじさんが確認するように言った。

 

 「悪いが、この奥は遠慮してもらえるか」

 

 扉を開けて中へ入ると、部屋の奥にさらにもう一つ扉があり、その前に軽装でナイフを持った男が一人立っていた。

 

 「キューラは、お前たちの首領はどこだ?」

 

 ぼくが精一杯の威圧を込めて、睨みながら聞いてみたけれど、男は肩をすくめただけで全く気圧されてはくれなかったようだ。

 

 そして聞き出すことを諦めて武器を構えて臨戦態勢になると、その軽装のナイフ男は片頬をつり上げながら腰を落とし、ナイフを持った右手を体の後ろに隠れるくらい引いた独特な構えをとった。

 

 「とりあえず俺が仕掛ける。隙を作るから二人で追い打ちをかけてくれ」

 

 作戦を隠すでもなく普通の声で言ったノブおじさんは、ゆらりと体を揺らしながら一歩、二歩と歩いてナイフ男の方へと近づいて行った。

 

 「使い魔の兄さんからかい。怖いねえ」

 「隠してるわけでもないが……、しっかり情報掴まれてんな」

 

 ノブおじさんがぼくの使い魔で、そして強い剣士だということは把握されているようだ。そして愚痴のようにぼやきながら、ノブおじさんは言い終わらないうちに最後の一歩を加速して踏み込み、斬りつけていた。

 

 ぎっいぃぃん

 

 ナイフ男は左の靴底でノブおじさんの一撃を蹴りつけ、その勢いで体を回しながら側面へと回り込んでいく。耳障りな金属音がしたっていうことはあの靴は底に鉄板が仕込んであるようだ。

 

 「そらっ!」

 「ぬぅお!?」

 

 そして回転する勢いを乗せて、左足で蹴りつけてきたのを、ノブおじさんは慌てて一歩飛びのいてかわした。

 

 位置が離れた、仕掛けるなら今かな。“雷”“弾ける”とシンプルな構成を一瞬で準備する。

 

 「“雷よ走って”」

 じじ!

 

 ヒノキの杖をナイフ男の方へ向けて狙いを定めて、低威力の雷塊を解き放つ。

 

 「っ!」

 

 しかし杖で狙ったのがまずかったのか、発動位置を見切って素早く避けられてしまった。けれど体勢を崩すことはできたはず。

 

 だんっ

 「ぃいやっ!」

 

 床が抜けそうなほどの踏み込みでセリエスさんが突貫し、構えた盾を前にだしてナイフ男へ肉薄する。

 

 どぐぅっ

 「ぐっは」

 「つぅ!」

 

 鈍い音と共にナイフ男は盾をぶちかまされて吹き飛んだ。けれどぶつかり際にナイフを振って切り付けられたらしく、セリエスさんの左ひざの鎧の隙間から多くはないけど血が出ている。

 

 「セリエスさんっ!」

 「まずはこいつを!」

 

 ぼくが思わず声をあげるけれど、構えを崩していなかったノブおじさんが吹き飛んだナイフ男を壁際まで追いかけるように踏み込み、柄を上腹部に打ち込んでいた。

 

 壁へと押し込まれるように柄を打ち込まれた男は、声も上げずにずるずると座り込んで気を失ったようだった。

 

 「あ……」

 

 そしてセリエスさんも小さな声を出して、ひざをついてしまった。血はあまり出ていないように見えるけれど顔が真っ青だ。

 

 「毒か?」

 「多分、……そう、だと思う」

 

 ロングソードを鞘に納めたノブおじさんの簡潔な確認にセリエスさんは息を切らせながら答える。

 

 「傷の応急手当はできるけれど、毒は冒険者ギルドまで帰らないと治療できないよ」

 

 絶対ではないけれど、基本的に毒で戦士職の人間を殺すことはできない。身体強化によって毒への抵抗力も高められるからだ。だけど強い毒を受けてしまうと、今のセリエスさんのように身体強化を毒抵抗へと集中せざるを得なくなることで行動不能にしてしまうことはできる。

 

 「私は、動け……、ないけど。大丈夫だから、奥を……」

 「……、うん。わかった、ちょっと待っててね」

 

 セリエスさん程の身体強化があれば実際、苦しいだけで大丈夫なはずだし、ここでこれ以上心配するのは冒険者の先輩に対してむしろ失礼なことだ。

 

 だから、ぼくはノブおじさんと二人でさらに奥の部屋へと踏み込むことにした。

 

 「いこう、ノブおじさん」

 「おう。けどな、これは多分もう……」

 

 ノブおじさんは扉に手を掛けながらも渋い顔だ。

 

 「……はあ。ただの時間稼ぎだったか」

 

 開けた扉の向こうは執務室のようになっていたけれど、誰の姿も無く、開いたままの大きな戸棚が整然とした部屋の中で目を引いた。

 

 戸棚は内側奥の棚板が取り外され、その奥に下へと続く階段が見えており、どういうことかは一目瞭然だった。

 

 「逃げられたみたいだね」

 「そうだな、建物前のもさっきのも時間稼ぎだったってことだな」

 

 二番倉庫首領のキューラと黒装束は、すでにこのアジトの建物内にはいないということのようだった。

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