第5話 悪意と諦念

 「それを本当に登録するつもりですか?」

 

 ものすごく低く単調な声で横やりが入った。途中から黙ってしまったローブのお兄さんだ。

 

 「どういう意味ですかー?」

 「そのままの意味です。魔力で構成された人間の意志と記憶を持つ存在。そんなものを冒険者ギルドは正式に認めるというのですか」

 

 どういうことだろう、何を問題としているのかがわからない。さっき悪く言われたからムキになって言い返しているだけ、だとしたらメーネさんがこんなに険しい顔をするのもおかしい。

 

 「魔法ギルドとしては危険視する……と?」

 

 メーネさんが間延びした口調ではなくなってる。かなり緊迫した空気だというのにぼくは未だに何が問題で何が危険かがよくわからない。

 

 「つまりな、使い魔は魔法使いの武器のひとつな訳だ、それはわかるな?」

 「え? う、うん。そうだね、魔法も杖も使い魔も、広い意味では武器、だと思う」

 

 いつの間にかすぐ横に立っていたノブおじさんが場を乱さない程度の小声で話しかけてきた。

 

 「本来のところ、魔法使いが使い魔を完全に制御しているから、使い魔が空を飛ぼうが火を吹こうが周りは安心できる。そこにきて使い魔が勝手に考えて勝手に動くと怖い、だから認められんって話をしてんだな」

 「だけどノブおじさんはぼくの意に反して悪いことなんてしないよ」

 「信頼してくれるのはうれしいけどな、バッソがそう言えるのは使い魔契約のおかげで精神共感があるからだ」

 

 ぼくの言葉を聞いてノブおじさんは一瞬薄く笑ったようだけど、またすぐに困ったような顔になって続けた。そうか、契約が成立したからぼくの中にはそういった確信があったのか……、けどそれなら。

 

 「そのぼくが大丈夫だよって言ってるわけだから、大丈夫なんじゃないの? そこを疑うなら使い魔でなくても戦闘魔法だって使えたら危ないよ」

 「そう、そこだ。そこをあの眼鏡が信じられんっていってるからお嬢さんは怒ってるんだろうさ」

 

 ぼくのため……?

 

 「えっと、ぼくとしてはノブおじさんとしっかり使い魔契約が結べてますし、悪いことをするつもりもさせるつもりもありません」

 

 にらみ合っていた二人に向かって言うと、メーネさんは小さく笑ってくれたけどローブのお兄さんは険しい顔をしたままだ。

 

 「完璧に御せていると主張するわけだ。それを証明できるのかい? 今、ここで」

 「なっ、最初からそれが!?」

 「面倒くせぇぇぇ」

 

 ハッとした顔で睨むメーネさんと、うんざりを口から吐き出すようなため息をついたノブおじさんは対照的なテンションの反応だけど考えたことは同じだったのだろう。ぼくもそうだ、つまり……。

 

 「その突飛な使い魔を御せているというのなら、私の使い魔と戦わせてみるか? 野蛮な戦いならそちらが有利だろう、駆け出し冒険者」

 

 ローブのお兄さんが険しい顔を崩して提案してきた。いやな笑顔だ。

 

 「腹いせにしか見えません。こんなこと冒険者ギルドとして受け入れられない!」

 「ぼくも、それが解決策には思えないです! もっとよく話し合うべきですよ」

 

 メーネさんも擁護してくれている。実際さっきからローブのお兄さんが言っていることは論理も何も無い。ノブおじさんを攻撃する理由をこじつけようとしているだけじゃないか。

 

 けれど渦中のノブおじさんは、すごく面倒そうだし嫌そうだけど反論をしない。すでに一戦することを受け入れているような感情すら感じる。

 

 「この場で証明できないのなら、その使い魔は危険と判断するしかない。使い魔契約は不可逆だ、契約を解除できない以上は危険な使い魔の契約主たるそこのバッソ君は悪質魔法使い、“悪魔”として告発する!」

 「なぁぁっ!」

 

 いくら何でも無茶が過ぎる言いがかりだ。一般に略して悪魔と呼ばれる悪質魔法使いは、無許可での危険な魔法使用を繰り返した者や、魔法を犯罪に利用した者に適用される指名手配だ。

 

 危険そう、くらいの感覚で犯罪者扱いだなんてたまったものじゃないよ。何とかしてこの場を収めないと。

 

 「先ほども言いましたが冒険者ギルドとして受け入れられません」

 「魔法に関することで魔法ギルドの判断に冒険者ギルドの一職員が異を唱えると? 話になりませんね」

 

 毅然として再度擁護してくれるメーネさんだったけど、言い返されると難しい顔で黙ってしまった。つまりこの状況は理不尽極まりないけれど戦いは避けがたいということのようだ。

 

 「なぁ、バッソ」

 「なに? 良い解決方法でも閃いたの?」

 

 諦念の滲むノブおじさんの声に、そう問い返したけれどもさっきの態度から考えるとうまい解決方法ではなさそうだ。

 

 「いんや、違う。それよりこの状況をよく見て、よく感じておきな。バッソはどうにも人が良いみたいだからな、悪意に染まっては欲しくないが、悪意を知っておいた方がいいぞ」

 「なにそれ。それよりノブおじさんは諦めてるようだけど大丈夫なの? 使い魔契約を通しては特別な力は感じないから全く普通の人間の身体能力しかないような気がするんだけど……」

 

 それこそぼくがこの場での使い魔による戦いを避けようとしている理由だった。

 

 使い魔契約が成立してから使い魔としてのノブおじさんの力がだいたい把握できるようになったけど、体を金属にしたり口から火を吐いたりできないようだった。ようするにおじさん型使い魔、ではなくて完全におじさんだ。

 

 「チートも何もない素転生でファンタジー生物と決闘かぁ、胸が熱くなるねぇ。はぁ……」

 「血糸? 不安多死? なに突然怖いんだけど」

 「気にせんでくれ。とはいってもあの感じじゃあ、俺が負けでもしたら告発までいかないにしてもかさにかかって無茶言ってくるだろうよ」

 

 それはぼくにも分かる。悪魔の告発なんていくら何でも無茶だと思う。けれどローブのお兄さんは自分の使い魔が駆け出しの使い魔に負けるとも微塵も思ってないだろう。

 

 きっとノブおじさんを腹いせで痛めつけた後にぼくに対しても何か無茶を言ってくるつもりなんだろう。そこまで考えてメーネさんは手を打ちあぐねているのだろうし。

 

 「ノブおじさんは、急に使い魔にされて戦えって言われてるのに不安じゃないの?」

 「戦いも急に飛ばされるのも初めてってわけじゃあ……、まあ異世界ファンタジーなんぞは画面と紙面の中以外には信じてなかったけどな」

 「え? ノブおじさんって異世界の戦士だったの? 見慣れないけどただの布の服着てるし体を構成する以外の魔力は感じなくて魔法使いでもなさそうだったから、てっきり戦う人ではないと思ってたよ」

 

 渋い顔をして答えあぐねている、これは言い辛いとかじゃなくて「説明面倒くせぇ」とか思ってそうだ。

 

 「職業は企業戦士だよ、しかも課長。この服はあれだ、企業戦士の纏う伝統的戦闘服ワイシャツとスラックスだ。ネクタイ外してたのが本当に悔やまれる、あれがあれば俺は倍の戦闘力が出せた」

 「ほぼ意味がわからないけど、誤魔化したことはよくわかったよ」

 

 契約による共感では表面的な感情しか感じ取れないからもどかしいな。言いたくない、面倒くさい、というのは何となくわかるけどそれだけじゃないような気がする。

 

 「まあナンとかカンとかしないといかんっちゅうことは確かなわけでな。必死に考えてる最中のお嬢さんには悪いが俺が戦うしかこの場は収まらんだろう」

 「ようやく諦めがついたか。安心していいよ、契約した魔法使いが生きている限り使い魔は死なない。痛みも普通は感じないが人の体を模したあんたはどうだろうな?」

 「趣味わるいですー」

 

 完全に戦うことに決まってしまったようだ、もうやるしかない。悪い方とはいえ状況が固まってしまったからか、ノブおじさんの空気に感化されたのかメーネさんは少し調子が戻ってきたみたいだ。

 

 「ノブおじさん……」

 「いや、心配しすぎ。さっきは誤魔化して悪かったけど、俺にも武の心得はあるさ、あるはずさ。年のせいか昔のことほど記憶があいまいで。なんか武道とかやってたはずなんだけど、なんだっけな?」

 

 このおじさんは格好つけた後に不安を煽るのやめて欲しい。あと記憶の件は年のせいじゃなくて一度魂だけになったせいだと思う。

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