第4話 邂逅 ~すごい勢いで順応するおじさん~

 「何でしょうか、これー?」

 沈黙の中、始めに言葉を発したのはメーネさんだった。落ち着いた声音だ、ぼくにはとてもできない。

 

 「いや、お嬢さん、初対面で“これ”ってあんまりじゃあ……」

 「「「しゃべった!!!???」」」

 

 ぼく、メーネさん、ローブのお兄さん。先ほどはいがみ合うこともあったけれど今は心を一つにしていた。

 

 「しゃべりますとも、ホント何言ってんですかね?」

 

 四十代くらいに見えるそのおじさんは、非常に眠そうに細めた目でぎょろりとぼくらを見回すと、その薄い唇を歪めて不満を表明していた。

 

 「ぼ、ぼくにも人語を話す使い魔だなんて、まるで師匠みたいだ!」

 「いえいえ、確かに喋る使い魔は非常にまれですが、完全に人の姿の使い魔など古今聞いたこともない!」

 「ていうか、バッソちゃんのお師匠さんの使い魔しゃべるんだー。もしかしてすごい人に師事してた?」

 

 あれ? 人語がどうとかの話ではない? けどすごく珍しい使い魔を引いたのならすごいことじゃないの? 前代未聞でそういう問題ではない? じゃあどういう問題?

 

 「あ、頭の中がハテナだらけで訳が分からない……」

 

 ぼくの混乱が極まってきたその時、むすっとしていたそのおじさんが不意ににやりとした笑みを浮かべた。相変わらず半目で眠そうだけど。

 

 「だいたい掴めてきたねぇ。俺は年甲斐もなくそういうの好きだったから」

 「はぇ?」

 

 急にこっちを見て話されて驚いたことで、間抜けな声が出たぼくには構わず、おじさんはこちらをぴたりと指さしてきた。ちょっと失礼な人だ。

 

 「俺は飯の最中に心臓が痛んで気を失って、そこからは覚えてない。つまり急病で死んだ俺はボウズに召喚されて、晴れて異世界転生ってわけだ。…………、ないわぁ、リアルで転生とか、ホントないわぁ……、若返ってないし」

 

 言葉の後半でいきなり落ち込んだと思ったら、よくわからないことを言い出した。

 

 「何を言っているかいまいちわからないけれど、若返りも何もその体は魔力で構成したものだから、あなたはそういう体の存在、ですよ?」

 「あ~、いいよ敬語とか。なんかボウズはそういうのいらない感じするわ」

 「あ、うん。あとぼくの名前はバッソ。バッソ・トルナータだよ」

 

 ひらひらと手を振りながらどうでも良さそうに言ったおじさんは、ぼくの名前を反芻しながらなにやら考えているようだ。

 

 「ようするに、俺の死後の魂を核にしてバッソの召喚獣として作られたニュー俺ってことだな」

 「ショーカンジューとニューオレがよくわからないけど、おじさんはぼくの使い魔だよ」

 

 そのまま何度かやり取りをするうちに段々とおじさんの方は理解してきたようだ。何度か意味のわからない言葉を言ってくるけど異様に理解が早い。

 

 「生まれたての使い魔なのにその知識と理解、あなたは知を司る聖獣か何かですか?」

 

 ローブのお兄さんが若干やりづらそうにかしこまって話しかける。見た目が大分年上だからだろう。

 

 「何いってんだ眼鏡、人生経験の賜物だよ。あと趣味のおかげだよバカヤロウ」

 「めがっ! じ、人生経験とは不思議な言い回しですね。使い魔の核となる魂は時間と空間の狭間を漂う際にすり減ってその記憶を完全になくしているはずです」

 

 ローブのお兄さんが青筋を立てつつも頑張って話している。どうしてこのおじさんはローブのお兄さんにだけあたりが強いのだろうか。

 

 「確かに、色々あいまいだけどなぁ。大筋は覚えてるし知識もある。さっきからちょいちょい俺の言葉を意味不明っつってるのが“あっち”の知識を記憶として残してる証拠だろうが、バカ眼鏡」

 「~~~っ!」

 

 論破された上に悪口言われてローブのお兄さんが限界だ。もうやめて差し上げて欲しい。

 

 「とにかくこれがバッソちゃんの使い魔ってことでいいですかー? 冒険者ギルドとしては使い魔の形状種別と登録名を記録したいんですけどー」

 「あ、はいお願いします。形状種別は人間? おじさん? で、名前は……」

 「ノブとでも呼んでくれ。記憶にある本名じゃあないけど、生まれ変わったわけだしな」

 

 そうおじさんから告げられた瞬間、ぼくとおじさんの間に何かぴりっとしたものが走ったように感じた。

 

 「これ……、契約成立ってこと? え、名前って召喚主が付けるんじゃないの?」

 「えぇ、そうだったんか。何か悪いことしたなぁ」

 

 まるで悪いとは思っていないように見えるけど、ぼくはこのおじさん、ノブおじさんに対して不思議な安心感の様なものを感じてとがめる気にはならなかった。

 

 「じゃあ、バッソちゃんの使い魔は……、おじさん型ノブっと」

 「違うものみたいに聞こえる。そんなの付いた扉とか見たくもないわぁ」

 

 ノブおじさんがものすごくしょうもないことをいっている、オヤジギャグだろうか。というかさっき冗談で言ったおじさん型の方が採用されてしまっている。

 

 とはいえ、これでぼくも使い魔持ちの正式な魔法使いだ。そう考えると改めて今後への希望が湧いてきた。まずはちゃんと挨拶だ。

 

 「ぼくは駆け出しだから迷惑かけるかもしれないけど、一緒に頑張ろうねノブおじさん」

 「あぁ、うん。そうだなぁ、いい年して異世界転生とかきついけど、バッソ少年が立派になるまでの世話役くらいはやってみるかぁ。俺は自分の人生は曲がりなりにも全うしたわけだしな」

 

 眠そうでやる気のない、諦念の滲むどこか切ない目をしたそのおじさんは、その時ぼくの使い魔になったのだった。

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