第19話 駆け出し冒険者対魔法使いの弟子

 通りから見て魔法ギルドの裏手にある広い庭へやってきた。地面が柔らかい土の草地になっていることを除けば、冒険者ギルドの訓練場に似ているけれど、こちらは魔法の実験などに使うことが多いそうだ。

 

 ぼくらが着いて程なくして、デルゲンビスト様のお弟子さんを呼びに行っていたノルストさんも、後ろにそれらしき人を連れてやってきた。

 

 後ろを歩いているのは、だぼっとしたローブを着て杖を持った、帽子がないことを除けばデルゲンビスト様と同じような格好をした背の低い女の子だ。ウェーブのかかった金髪を肩のあたりで切りそろえていて、短めの前髪の下で意志の強そうな両目がぼくとノブおじさんを見据えている。

 

 「お呼びですか、お師匠様」

 

 デルゲンビスト様へと視線を移したその女の子が、涼やかな声音で言った。けれど幼い見た目もあって、ギルド受付嬢のマキリさんのようなクールビューティには程遠く、お澄ましした女の子、といった印象だ。

 

 「うむ、こちらは冒険者のバッソ君といってな、しばらくの間はニトと共に修行をすることもあるから会わせておこうと思うてな」

 「バッソさん……? ああ、兄が珍しい使い魔に難癖をつけたとかいう」

 

 え? 兄って言った? それってつまり……。

 

 と思って、ノルストさんを見ると絵に描いたような渋面を作っていた。

 

 「ニト……、いや、何でもない。お前は失礼のないようにな」

 「ええ、もちろんです。バッソさん、しばらくとのことですが、どうぞよろしく。そちらはパーティのお仲間かしら?」

 

 きれいなお辞儀をして挨拶をされたので、ぼくも慌てて頭を下げた。所作がきれいなのはデルゲンビスト様譲りだな。

 

 「あ、えと、よろしくお願いします。ノブおじさんはぼくの使い魔です」

 「あら、冒険者の方は変な冗談を言うのね。おもしろいわ」

 

 どうしよう、微塵も信じていない。

 

 「ニトよ、魔法使いとして、もっと目を凝らしてよくノブ君を見てみることじゃ。偏見が目を曇らせておるぞ」

 「はあ、そうおっしゃるのなら……」

 

 デルゲンビスト様に促されたニトさんは、ノブおじさんを上から下まで凝視している。魔法使いとして観察、つまり魔力を感じ取るべく意識を集中しているのだろう。

 

 「魔法使いには見たらわかるってもなぁ。なんかかゆい……」

 

 ノブおじさんは居心地が悪そうにしている。そして色々と思い出すのかノルストさんも居心地は悪そうだ。

 

 そしてそうしている間にニトさんの表情は見る間に変わり、愕然としたものになった。

 

 「信じられない、人にしか見えない使い魔だなんて」

 「うむ。それにかなり強いそうじゃ」

 

 冒険者ギルドだとノブおじさんが使い魔だと言っても「へぇー、変わってるな」くらいで受け入れられるけれど、やはり本職の魔法使いだと驚きも大きいようだ。

 

 「なるほど、これほど稀有な使い魔だから、お師匠様が修行をつけるのですね」

 

 どうも珍しい使い魔を観察するために囲い込んだくらいに思われているようだ。

 

 「いや、違うぞニト。ノブさんの希少性や経緯もあるが、結局はバッソ君がそれだけ見込まれているということだ。とはいっても私もデルゲンビスト様も人づてに聞いただけではあるがな」

 

 人づて、ということは冒険者ギルドの誰かからぼくのことを聞いていたということかな。話の流れからすると悪い噂ではなさそうだ。

 

 「納得いかんのなら手合わせでもしてみるかの? 使い魔と魔法使いの模擬戦として」

 

 ふいにデルゲンビスト様が鋭い目をして提案をしてきた。普通魔法ギルド所属の人は研究者肌の人が多いから実力を見るイコール模擬戦とはならないと思う。

 

 けれど、長身で厚みのある体躯をしたデルゲンビスト様は戦闘能力も軽視しないということのようだ。

 

 「ぜひ、お願いしますわ」

 

 少し目を細めて試すような視線で、ニトさんは乗り気になっている。あ、この人も戦闘軽視しない系の人みたい。

 

 

 

 裏庭の中央辺りに移動すると、ぼくとニトさんは十分に距離を開けて向き合った。ぼくの隣にはもちろんノブおじさんも控えている。

 

 「では、あたしの使い魔をお見せするわね」

 

 余裕の表情を崩さないニトさんが杖を持っていない方の手で空中に陣を描いている。

 

 ノルストさんと同じタイプの呼び出し方だな。と思っているうちに魔力が収束し、ニトさんの使い魔がその傍らに出現していた。

 

 グルルゥ

 

 低くうなるそれは白いトラだった。綺麗な白い毛皮を彩るように黒で模様が入っていて、神秘と威厳を併せ持つ雰囲気だ。つまり強そう。

 

 「おぉ? 言いたいことがありそうだな」

 「え? べ、別にそんなことないよ。向こうの使い魔は任せるからお願いするよ」

 

 ニトさんの白いトラとノブおじさんを見比べていると、普段から眠そうな目をさらにじとりとさせたノブおじさんから苦情が来た。

 

 だってトラとかカッコいいじゃないか……。

 

 「では準備は良いようじゃな。細かいルールは付けんから、わしが止めるまで存分に互いの技量を競うのじゃ、始め!」

 

 そして唐突にデルゲンビスト様から声がかかり、手合わせが始まってしまった。

 

 「はぇ? え、もう?」

 「まぁ、いい機会だ。こっちは俺にまかせて存分にやってきな」

 

 ぼくは少し焦ったけれど、ノブおじさんはいつも通りの落ち着きで、それを見てぼくも冷静さを取り戻せたようだ。

 

 グゥゥアア!

 「ほいよっ、お前はこっちな!」

 

 すごい迫力で突進してきた白いトラの鼻先を軽く蹴飛ばしたノブおじさんは、そのまま怒って追うトラを緩急の付いた動きであしらいだした。宣言通りに引き受けてくれたようだ。

 

 「――っ、――!」

 

 一方でニトさんは小声で呟きながら杖を振りまわしている。

 

 あれは魔法を発動するための回路を発動体である杖の内部に作りこむための補助動作だ。

 

 ぼくも修行を始めた頃はああして大仰な身振り無しには風ひとつ起こせなかった。

 

 ニトさんは使い魔がいるとはいえ、どうもまだ修行の初期段階ということなのだろう。なるほどだから才能ある人の相手にぼくが選ばれたわけだ。

 

 事前にデルゲンビスト様から聞かされていた話からすると、変に気を使うよりも実戦の厳しさを教えた方がいいようだったから遠慮なくいこう。

 

 そう決めると、ぼくは“雷”“弾ける”、と用意した回路を杖に込め、拡散するこの魔法に多少の指向性を持たせるべくヒノキの杖の先端を、未だ動作を続けるニトさんへと向けた。

 

 「“雷よ走って”」

 ばぢっ

 

 一瞬だけニトさんは周囲を雷で覆われ、痺れと驚きでバランスと集中力を乱して尻もちをついた。

 

 そしてすでに次の準備、“土”“固まる”“伸びる”“急激”と構成し終わっている。

 

 「“地よ槍となって貫いて”」

 ごっ

 

 地面が固まって隆起する鈍い音をさせながら、座り込んだニトさんの足元から爆発的な勢いで土槍が伸びあがって宙を突いていた。もちろんだけど土槍の方は当てていない。

 

 「それまで!」

 

 すぐにデルゲンビスト様の声が掛かった。

 

 そして見ると、白いトラはこの短時間でノブおじさんに散々翻弄されたらしく、草塗れになってうずくまっていた。ぼくも加減しなかったけど、ノブおじさんも大概容赦ないな。

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