第9話 おじさんの真実

 冒険者ギルド内の一室へと移動してまずは経緯を説明していた。セリエスさん以外はそのまま参加していたけど、セリエスさんはゴラノルエスさんがいれば十分だからと言って、帰ってしまった。

 

 ゴラノルエスさんは「同じ剣使いとしてはあんなもん見せられたら疼くよなあ」とか呟いてたから、きっとセリエスさんは鍛錬でもしているのだろう。

 

 やや広めの室内には四人掛けのソファが向かい合って二つ。入り口側にメーネさん、ゴラノルエスさん、そしてぼくが座り、対面にはデルゲンビスト様が座っている。

 

 ノブおじさんは自分から言って入り口近くの壁際に立っていて、移動中デルゲンビスト様にお説教されていたノルストさんは直立不動で神妙にしている。

 

 「事情は把握しましたわい。本当にウチの若いのがご迷惑をおかけしたようじゃ。この件の正式な謝罪はまた後日改めてさせて欲しいが、それでかまわんかの」

 「いえ、そんな大げさな。もう謝罪は十分ですよ」

 「バッソちゃん、今回のことは組織間の問題にもなりかねないのでー、受けておいてもらえると冒険者ギルドとしても助かるのですがー」

 

 これ以上貴族で魔法ギルド長のデルゲンビスト様に謝られると恐縮してしまうばかりなので断ろうとしたら、そうもいかないらしい。

 

 所属したばかりの冒険者ギルドに迷惑はかけたくないし、ここは受けるべきなんだろうな。

 

 壁際に立っているノブおじさんを振り返って見ると、ぼくの目を見据えて小さく頷いた。こっちで判断していいってことかな。

 

 「わかりました、ではこの場はそれで」

 「うむ。寛大な対応に感謝じゃ。それはそうと……、のう、御仁?」

 

 一区切りつくなり、間髪入れずにデルゲンビスト様はノブおじさんへと視線を向けて問いかけた。その目は好奇心からかキラキラして見える。

 

 「ノブです。バッソの使い魔、なんですがねぇ。俺自身は魔法のことにはさっぱり詳しくないんで、話ならバッソとそちらのノルスト君に聞いてくれた方がいいかと」

 「ふむ……、まず使い魔として召喚されたのは間違いないのかの? ノルストよ」

 

 魔法使いであれば魔力には敏感だから、ノブおじさんが普通の人間ではない存在だということは一目見てわかっていたはずだ。しかしその上で使い魔である、ということは信じがたいということだろう。疑われている、という意味ではなくてそれだけ前代未聞だという意味で、だ。

 

 「はい、召喚儀式の準備は私がして、バッソ君が呼び出すときも近くで見ておりました。使い魔として呼び出され、契約がなされたことは間違いないです」

 

 改めて背筋を伸ばしたノルストさんが答えると、デルゲンビスト様は再びノブおじさんへと視線を向けた。

 

 「信じがたいが記憶と人格を残した魂が核となったことで、元の肉体が中実に再現された形で召喚がなされた、ということなのかのう」

 「ぴんとこないんですが、記憶と人格は絶対に消えてるものなんですかね?」

 「少なくとも記録にある限りではそうです」

 

 ノブおじさんの質問にノルストさんがすかさず、断定的な口調で答えた。ぼくの知識でも同じだと認識している。

 

 使い魔の核となるのは確かに時間と空間の狭間を漂う異界の魂とされる。しかしそれは一度魂のみで漂うために表面が削られてしまい、記憶や人格といったものが消去された状態で召喚される。

 

 つまりは召喚といっているが、呼び出された使い魔は実質生まれたての状態で魔法使いと出会うことになる、使い魔生成の儀式といえるものだ。だからこそ呼び出したばかりのノブおじさんに負けるはずなどないとノルストさんのなかには先入観があったのは分かることだ。

 

 「あ~、確かに一部の記憶が抜けてるのは確かなようだが……」

 「一部、とはどういうことかのう?」

 

 ノブおじさんはこちらに一瞬だけ視線を向けると、ぽつぽつ語った。

 

 「剣を持って振るってるうちにようやくはっきりしてきたんですがね。俺の記憶にある人生、よくある普通のサラリーマン人生で、戦闘経験どころか剣の訓練を受けたことも無いんですよねぇ」

 「ふむ? サラリーマンという名の非戦闘職をしていた、というのじゃな」

 

 つまりあれだけの動きができる訓練や実戦経験に関する記憶が抜けている?

 

 「抜けてる一部、おそらく俺の前前世ですねぇ。元の世界で唐突に天涯孤独の迷子として目を覚ます前、その世界の過去、そこで俺は剣の鍛錬と実戦で一度目の一生を終えたはずだ」

 

 あまりのことに言葉もでない。突拍子もないとしか言いようのない内容だった。

 

 「どの時代、どんな立場で、どんな流派か? 具体的なことはこっち来てから何も思い出せないけどな、ただ剣の振り方だけは魂に染み付いてるから何度生まれ変わろうと忘れようもない」

 「やはり信じがたい、信じがたいが……、辻褄はあうかもしれん」

 

 皆驚愕して黙ってしまっていたけれど、デルゲンビスト様は何かに思い至ったようだ。

 

 「二回分の人生の記憶と人格、それを内包した魂であったが故に、一度分のみの消失で済んだということなのかのう」

 「それにあの剣技だ。確かにあれは一生を剣に捧げた老年の剣士がようやく辿り着けるかどうかという域だった」

 

 デルゲンビスト様の推察、そして現役の戦士職であるゴラノルエスさんの見立て、どちらもノブおじさんの言うことが正しいと、示しているようだ。

 

 「しかしその身体能力で戦い通しの人生を送ったとは、モンスターと渡り合うためによほど苦労したんだろうな」

 

 ゴラノルエスさんが同情と尊敬をないまぜにしてノブおじさんを見る。対してノブおじさんは微妙な顔だ。

 

 「いや、これで元の世界では身体能力はかなり高いほうでなぁ。後モンスターはいなかったから、そういうための努力は精々が熊くらいだな」

 「は? モンスターがいない世界で一生をかけてまで、一体何を斬り続けたというんだ?」

 

 熊は確かに怖い獣だけど、モンスターに比べればはるかにましといえる。

 

 「人、かなぁ……」

 「「「「「うわぁ」」」」」

 

 当のノブおじさん以外の全員の心が一つになった、うわぁ・・・。

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