第7話 振るわれた刃

 「なんだぁ? どういう状況なんだ?」

 「メーネさん、バッソ君。どうしたんですか?」

 

 その時突然後ろから声をかけられた。焦っていたしゴーレムがずしんずしんうるさいから全く気付かなかった。

 

 後ろに立っていたのは登録したときに声をかけてくれたスキンヘッドの大男ゴラノルエスさんと、下積み依頼でお世話になったセリエスさんだった。

 

 「要約していうとー、魔法ギルドの眼鏡がバッソちゃんに絡んでこうなりましたー」

 「まぁ、えっと……、そうなんです」

 

 それだけで誰が味方かということだけは伝わったようだ。後でちゃんと説明はしよう。

 

 「あの大ピンチをやる気なさそうにしのいでるおじさんが、バッソ君のために戦っているんだね?」

 「そうなんだ、だけど武器もないから反撃が全然効いてなくて」

 

 それだけやりとりするとセリエスさんは腰に差していたロングソードをすっと抜き取った。やはりすごく厚みのある刀身をしている。

 

 「そこのおじさーん、よかったら使ってー!」

 

 セリエスさんが言ってすぐにロングソードを投げつけると、縦回転しながら飛んで行ったロングソードは鈍い音をさせてノブおじさんのすぐ手前に突き立った。すごい深々と突き刺さっている……。

 

 「んぁ? おおー! ありがとう赤毛のお嬢さん」

 

 突き刺さったロングソードを見たノブおじさんは一瞬頬をひきつらせたけれど、すぐににやりと笑ってお礼を言ってきた。

 

 「何とかなりそうなのか?」

 「難しいかも、ノブおじさんは戦士じゃないから剣があってもゴーレムを砕くには腕力が足りないと思う」

 「そうかな? あのおじさんの身のこなし、尋常じゃないよ」

 

 ゴラノルエスさんの質問に悲観的に答えたけど、セリエスさんの予想は違うようだ。ゴラノルエスさんもうなずいているし本職の戦士から見るとそんなにすごいんだ……。

 

 「得物があれば、まあなんとかなるか?」

 

 言いながら柄に手を添えたノブおじさんは、相変わらず一定のテンポで振り下ろされるゴーレムの腕をかわしながら、すっと振り向いた。

 

 ずどっ!

 かっああぁぁぁぁぁん!

 

 今度はゴーレムが地面を叩く低音と同時に高く澄んだ金属音が鳴り響いた。

 

 地面に深く突き立ったロングソードを引き抜きながら、振り向いて、一歩動いて攻撃をかわし、反撃を叩き込む、これをまったくの一動作でしたようだった。

 

 相変わらず凄く速いわけではないノブおじさんの動きは、離れてみているぼくにはよく見えている。にもかかわらず一瞬何をしたのかわからない程の流れるような動きだ。

 

 「すっご!」

 「本当にな。しかしあれだけ完璧な一撃でもゴーレムには傷ひとつなしか。確かに腕力不足だ」

 

 本職の戦士二人が絶賛している、同時にやはり決定力に欠けることも確認できてしまった。

 

 「いけそうだなぁ」

 「強がるなよ! 疲れて動けなくなるまでいつまででも続けてやる!」

 

 手ごたえを感じたらしいノブおじさんの呟きに反応して、ローブのお兄さんがわめいている。

 

 実際、相手は疲れのないゴーレムだからいつまでも続けるというのが一番されたら嫌なことではないだろうか。しかしノブおじさんはそうではないみたいだ。

 

 「残念、もうすぐ終わる」

 「まだそんな挑発をっ……!」

 

 いきり立つローブのお兄さんとは対照的な淡々とした動作でゴーレムが腕を振り下ろす。

 

 ずっど!

 

 重い音が響く。そしてノブおじさんが避けた動作で同時に斬りつけ……。

 

 くっわあぁぁんん!

 

 音が違う? 続けて二回なったせいで響きあっているような音だ。

 

 「何今の動き!」

 「避けながら剣を振って、即座に振り戻した。ただそれだけを微塵のゆらぎも躊躇もなく、だな。一閃二斬とでも言うべきか、一振りの呼吸で二度斬った。超絶技巧というのも生ぬるいな……」

 

 そうだ、さっきは左から右に振り始めたはずなのに、左に向かって振りきっていた。弾き返されたようではなかったから、あの瞬間に二回ロングソードを振って斬りつけたということなのだろうか。

 

 「散々叩いて把握したからな、斬鉄なんぞできなくとも内部でうまく反響させれば……」

 

 ばきん! ずどっぅぅん

 

 地面を叩いていたゴーレムの腕が中ほどでひびが入り、すぐにそこから先が割れ落ちて倒れていった。

 

 誰も声すら出ない。実はすごい身体能力の持ち主で力ずくでたたき割ったならまだわかる。けど明らかにそうではなかった。

 

 これが戦う前にノブおじさんが言っていた“武の心得”というものなのだろうか。想像を絶してすさまじかった。

 

 「なっ、ばっ、そん??!」

 

 ローブのお兄さんは口をぱくぱくさせて混乱の極みにある。ぼくも人のことはあまり言えないが。

 

 しかし感情のないゴーレムはこの事態に動揺することなく、残った左腕を横に振りはらってきた。

 

 ぶぅんっ

 

 ぞっとするような風切り音がしたものの、激突音はせず、ゴーレムが振り切る間に、地面の上を滑るようなステップでノブおじさんはゴーレムの真後ろに移動していた。

 

 「ひゅぅっ、よっ!」

 

 ノブおじさんは短く息を吸うと、ゴーレムの両足の間を往復させて両ひざの内側を二、三度ずつ斬りつけたようだった。

 

 ぼくの目ではもはや回数が追いきれない、あまりにスムーズな動きで見落としてしまうと言えばいいのだろうか。とにかく気付けば振り切り終わっている。

 

 ばががぁっ!

 

 地面に踏ん張るようにして立っていたゴーレムの両足のひざのあたりが、同時に砕けて、両足と胴体が寸断されてしまったゴーレムは、崩れ落ちながら音もなく薄くなっていき、すぐに完全に消えてしまった。

 

 魔力体が破壊されて維持できなくなった使い魔は一旦消えてしまう。再び出現させるまでの時間と労力は使い魔の特性と術者の力量によるとしかいえない。

 

 このゴーレムの場合は、ローブのお兄さんの魔力が続く限り比較的簡単に出しなおせるように思うけれど……、ロングソードを持った後のノブおじさんとの実力差は歴然としていたから無駄だろう。

 

 「見た目ただのおじさんなのにすっごいですねー」

 

 メーネさんはぱちぱち拍手しながら満面の笑顔だ。溜飲が下がったのだろう。

 

 ゴラノルエスさんとセリエスさんは真剣に話し込んでいる、さっきのノブおじさんの身のこなしについてのようだ。

 

 「よくもっ……。いや、ありえない……、こんな」

 

 ローブのお兄さんは顔色を真っ白くしてゴーレムが消えたあたりをじっと見ている。きっとこのまま黙っては帰ってくれないだろうな。

 

 とはいえ、ノブおじさんが快勝してくれたおかげで、一方的にぼくらが言いがかりをつけられる展開は避けられそうだ。相手がショックを受けているうちに方針を考えないと。

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