第40話 オーバー・ザ・リミット
キューラを倒した時から周囲のモンスターは増えなくなっていた。だからカイさんも倒れた今、この場は何とかしのぎ切ったことになる。
「二番倉庫のアジトで手に入れた情報からもカイさんが切り札だったはず。これでデルゲンビスト様を狙う手段はなくなったはずだよね」
「それはそうだけどな……、キューラが倒れた後もモンスターは増えなくなっただけで、勝手に消えたわけではないよな?」
「ええ、既に出現していたものはそのままでしたよ」
ノブおじさんからの確認にノルストさんが重々しく頷いて肯定した。
そしてその時、町の外壁、門の方からひと際大きなどよめきと喧騒が聞こえた。
「キューラを倒したことで、一応は統制されていたモンスターたちが動き出したのかもしれんのう」
「そんなっ!?」
デルゲンビスト様の予想は聞こえてくる遠い喧騒が肯定しているように思えた。
「召喚、……の、宝珠は、キューラの奴が懐に入れて……」
とぎれとぎれで弱々しく、だけどはっきりと意思のこもった声で倒れたままのカイさんが言った。
「カイさんっ、私……!」
「宝珠は、召喚……と、か、んたんな、コントロールだけ。消すこと……は、ふかのう」
セリエスさんが駆け寄って話しかけようとするけれど、カイさんの開かれた目はどこを見ているか分からず、その口はただ訥々と情報を伝えてくれていた。
「えす……とぉ、ごめんねぇ………………」
「カイさん! カイさぁん!!」
最後にかつての相棒への謝罪を口にして、カイさんはそれきり動かなくなる。セリエスさんの慟哭を聞きながら、けれどまだやるべきことがあるなら止まっていられない。
「これだ!」
キューラの懐を探ると、赤い宝珠に金色だけど金ではない不思議な金属でできた蛇の彫刻が巻き付いたアイテム、モンスター召喚の古代マジックアイテムが見つかった。
「止めることはできそうですか?」
聞きながらデルゲンビスト様へ渡す。
「うぅむ、素晴らしく単純な構造をしておるの。莫大な魔力を貯蔵した宝珠に、魔力を与えることでモンスターを発生させると思われる蛇をつけておるだけ。単純故に長き時を経ても一切の不具合なくその役割を果たしているようじゃ」
「親父、つまりどういうことだ?」
デルゲンビスト様のやや長い解説に、焦れたゴラノルエスさんが答えをせっついた。
「つまりのう、外のモンスター群は我々でなんとかせねばならん。申し訳ないが、明日わしの魔法が復活するまで町で籠城戦をするしか……」
「いや、俺が出る」
短くノブおじさんが断言すると、皆が注目した。
「確かにノブは圧倒的に強いが、圧倒的な数相手にはどうしようもねえだろう」
ゴラノルエスさんの言う通り、ノブおじさんの強さはいうなれば決闘向きの強さ。向かい合った相手を倒す強さだ。今この町を取り囲む大群をなぎ払うような圧倒的な力は――
「もしかして、これを?」
考えながらノブおじさんの意図に気付いたぼくは、デルゲンビスト様が持つ召喚アイテムを指さした。
「あ、前に言ってた。ノブさんの強化」
まだ目が赤く、鼻をすすりながらではあったけれど、セリエスさんが思い出したように相槌をうつ。
「膨大な魔力があれば、ノブおじさんを身体強化させられるかもしれない……、いや何とかしてみせるよ」
「だな。まぁ無理なら引っ込んで籠城だ」
少し肩に力が入ったぼくの決意を、ノブおじさんがほぐしてくれる。
けれど、もしデルゲンビスト様の魔法が復活するまで籠城となると、衛兵にもそして最悪町の人にも今以上の被害が拡大していくだろう。最悪の場合というなら、それまで持たないということもありえる。
だから、ここは何としてもやり遂げないといけないところだ。ぼくが憧れる本当の英雄、アークゼスト様や師匠は、こういった場面で為すべきことを成すからこそ英雄なのだから。
ソルベの門前はすでに乱戦が始まりつつあった。動き始めたモンスターの大群は統制を失って八方に散りつつあるけれど、大半はやはり近くで一番目に付くこちらへ向かってきているようだった。
そしてその大群の中心はまだ到達していないにも関わらず、すでにかなりの数のモンスターが押し寄せ、衛兵たちが必死にその数を減らすべく奮戦していたのだった。
「杖無くなったようだけど、大丈夫か?」
「どっちにしろ体がぼろぼろで今はもうまともに戦えないよ。だから魔力の供給だけしかできないけど……」
「十分だ、まあそこで俺の召喚主らしくふんぞり返っててくれ」
ぼくはノブおじさんと共にソルベ門前の少し離れた場所に陣取っていた。ゴラノルエスさん、セリエスさん、そして何人かの冒険者や魔法使いたちがモンスターを近づけないように周りで戦ってくれている。
「じゃあ、始めるね」
「よし来い」
言ってぼくは手の中のマジックアイテムの、宝珠にだけ意識を集中し、その魔力を自分の中へ転換。そしてその端からノブおじさんへと向けて注ぎ込む。
「いけそうかな?」
「ああ、これなら大丈夫そうだ。そのまま一気に強化を始めてくれ」
ノブおじさんに確認をして、ぼくは自分を経由して宝珠の膨大な魔力を送り込むペースを一気に引き上げる。以前は一瞬も持たなかったノブおじさんの身体強化が、膨大な魔力によって半ば強引に成し遂げられていくのがわかる。
しゃらん
ノブおじさんが澄んだ音をたてて、細身のロングソードを引き抜く。すでに全身が薄く発光している。
「なあバッソ」
「うん?」
ノブおじさんは右手で軽くロングソードを持ち、ごく自然に立った姿勢のまま、天気の話でもするように気軽に話しかけてきた。
「春信だ」
「え?」
「俺の前世と前々世での名前な。まあ今は正式に使い魔のノブな訳だが、一応知っといてくれ」
こんな時に、とも、今だからこそ、とも思える。どちらにしてもぼくはこの名前を心に刻んで、一生、いや生まれ変わっても忘れることはないだろう。
そして宝珠の無尽蔵にも思えた魔力のほぼ全てを使い切り、ノブおじさんの身体能力を出来る限りの限界まで引き上げた。いくら魔力があった所で身体強化の上限は本人の資質によるのだけれど、予想通りノブおじさんの資質はとんでもなかったようだ。
薄黄色の燐光を全身から発するノブおじさんが、いつも通りの力の抜けた仕草でこっちを見る。
「それじゃあ……、ハルノブ! なぎ払って!」
「応!!」
離れたところにあったモンスターの大群そのものを切り裂くように黄色い閃光が走り抜け、瞬く間に端から空に溶けるように消えていく。
まるでモンスターの大群がそこにいたこと自体が幻か何かであったかのように、ただ閃光の煌めきだけが目に焼き付いて残る。
そして冒険者も魔法使いも、衛兵たちも、皆がその光景に見とれる中で、ついには門のすぐ近くにいたモンスターたちまで次々に閃光が消し飛ばしていく。
こうして、ソルベを襲った未曽有の大騒乱は、ついに終息を迎えたのだった。
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