『教会に突撃せよ』
行動開始する
計画がほぼ整った。
朝日が差し込む机の上には、机いっぱいの大きさの地図がある。地図には印や線が引かれており、部屋の中には魔術式を書き散らした紙があちこちにある。
「……新たに一から魔術を開発する必要もないから、大変なのは準備だ」
これは、一人ではできない。
リーデリアは、弟子と神に話をすることにした。……その前に、紙が散乱した部屋の中をどうにかして。
神は向かいの部屋におり、弟子はしばらくすると現れた。
「ヴォルフ」
「はい」
「きみは、わたしの計画を手伝う意思に変わりはないか?」
「はい」
「使えるものは、容赦なく使うぞ」
「どうぞ」
そんな前置きをして、返事を得てから、リーデリアは地図を広げた。
「各地の要所に魔術を発動する基点を作り、最終的には巨大な魔術で国の空を覆う」
「……どういうことですか?」
「地上を守るためだ。上でごちゃごちゃやっている間に、巨大な雷が落ちたりしては敵わないだろう? 雨を防ぐような見えない壁を作り、天候による影響を防ぐ」
「それで、防げるんですか?」
「神々が直接降りて来れば全く意味を為さないものになるだろうが、降りて来させなければ問題は天候くらいだろう」
あとは、神々にそんな余裕がないようにするしかない。
「この巨大な魔術について、まず魔魔術式を刻んだ魔石を用意する。大量にな。魔術式は、広範囲に及ぶために少しいじったものだ。理論上では巨大な魔術式が出来上がる」
「理論上、ですか」
「理論上だ。部屋くらいの広さでは試した。だが、さすがに国を覆うほどのものの予行演習は中々できない」
使用する魔石の量を変え、魔術式をいじり……という繰り返しだった。
仕事ではないことから、リーデリアは給金はもらわないことにしている。確かに巨大魔術というのは、有用な研究かもしれないが、私的な目的のためだ。
研究としての結果は残すつもりで、使えるものは使わせてもらうが、それはそれだ。
「その準備を弟子、きみにしてもらいたい」
「分かりました」
即答する様子に苦笑したくなりながらも、「細かなことの前に」と、今度はエイデンを見る。
「さて、エイデン」
「何だい?」
地図を覗き込んでいたエイデンは、顔を上げる。
「昔々、この国にクーデターの類いがあったことがあるという。そのとき、神々は下で起きている騒ぎに気がついたか?」
「クーデターかどうかは知らないし、いつのことかも知らないけど、騒いでいるとちらっと見るよね。でも、何かしてるなってくらいだよ」
「それなら、地上で大きく人が動こうが気にも留めないな」
「少なくとも、自分たちに危害を加えようとしているなんて考えには至らないね」
神からのお墨付きを得る。
神々は、まさか人間が自分たちを害そうとしているなどと、夢にも思わないだろう。
「師匠、この印が基点で合っていますか」
「そうだ。八つ」
「それは、まさか」
この国の要所要所には、大きな教会がある。その数は、首都と首都外にあるものを合わせて八つ。
「教会が使えれば良いな」
「場所が最善であることは分かります。ですが、どうでしょう」
地には人が魔力と呼ぶ力が宿る。その力は地によって濃淡が異なる。
そして、最も力ある土地には大きな教会が建てられ、『聖域』と呼ばれている。
「一日、教会を借りられないか交渉してみようと思っている」
訓練場を借りるんじゃないんですから、と弟子が呟いたので軽く肘で突く。
やってみないうちに無理だという雰囲気を出すな。
「まあ、それでだな、教会の方はまずはわたしでやってみるから置いておいて、この巨大魔術式を展開するには各地での多大な準備が必要なんだ。従って、それなりの人手が必要になるの。弟子、きみの所属する……何だ、『黒騎士隊』は使うことができるか?」
「何名程度ですか?」
「そうだな、軽く戦が出来る程度は欲しいな。と言うか、軍の構成がどうなっているかわたしは元々そんなに知らないんだが、『白騎士隊』と『黒騎士隊』なんて前にはなかっただろう」
「そうですね。『白騎士隊』の前身は元からありました。ですが『黒騎士隊』というのは、俺が作ったので。元は、制服を所属によって区別するために黒にしたところ、勝手にそう呼ばれるようになったみたいです」
そしてそれこそ、とヴォルフは続ける。
「師匠が言う『戦争が出来る程度』の人数がいます。そして、『黒騎士隊』については、全ての指揮権が俺にあります」
「──それは上々」
少し、二の句が告げなくなりかけた。
まったく、立派になったものだ。
この先の取る方法にもよるが、人材の問題は大丈夫だろう。
「使用する魔石の量はどれほどですか」
「ああ、実験の結果から計算はした。使う予定の場所が場所だから、魔力による持続は何とかなるだろうが……王宮にある分で足りるかどうかだな」
「足りなければ掘ってきます」
「それはいいな。だが、私的に出来ることではないだろう」
魔石の採掘場は基本的に国の管轄だ。
特別に個人の所有となっている場合もあるが……。
「わたしはさすがに以前から採掘場は持っていなかった。そんな研究はしていなかったからな」
「今から確保する方法があります」
「弟子、不正は駄目だぞ」
弟子は、虚を突かれたように目を丸くしてから、笑った。
「師匠、師匠は不老不死の魔術式を作った魔術師ですよ。そんな魔術式を作った人であるとすれば、魔術のますますの発展のために、研究のために必要なものなら許可してくれます」
「危険人物だと認定されなければな」
「巨大魔術式の研究がですか? そこはどうにでも。神を消すと言うわけではありません。ですがそうですね、巨大な魔術をどうするつもりだとなるのなら、異なる言い方をしなければいけませんね。それに、どうせやろうとしていることがことです。一時の誤魔化しはどの段階かで必要でした」
「確かに。……しかし、きみはけっこう……何というか、意外な面を持ち合わせていたな」
力任せだったり。リーデリアがやらせているのだろうし、リーデリアが言うのは何だが、弟子はかなり躊躇がない。
「こういう俺は、嫌ですか」
「嫌なものか。弟子は弟子だ。それも、誇らしいほどに成長した弟子だ」
師匠であるリーデリアより、余程立派になった。
「こちらの準備は進めはじめておきます。ですが、師匠、肝心の神々への対抗手段の話が出ていませんが」
「それか。それはまだ不確定な状況だ。心配するな。予定では確実な方法が手に入る」
「手に入る、ですか?」
そういう言い回しに気がつく弟子は不思議そうにしたが、リーデリアはそれ以上は言わなかった。
神々を消す手段については後々、話すことにしよう。
「わたしは早速、ちょっと教会にでも行ってくる」
「はい。……この神はどうするおつもりですか」
エイデンのことだ。神は、視線が集まったことを察して、「ん?」と言った。
話が勝手に進もうと、どこまでもマイペースだ。
「エイデンはわたしと来てもらう」
「師匠と、ですか」
「何をしでかすか分からないからな」
「……確かに」
この前、部屋にある魔術書を読んだらしく、魔術で壁をぶっ壊した。何度目だ。二度目か。
それはヴォルフも知っていたため、思い出したのだろう、納得していた。
「雨は降っていないな。主教会に行くから……日数は分からない」
窓を振り返ると、空は、よく晴れていた。
「こんなに穏やかな日ばかりが続くなら、いいのにな」
そんな師の穏やかな顔を見る、弟子の姿があった。
──それなら自分がこうすることもなかっただろうと、ヴォルフには、そう聞こえて。彼は、目を伏せた。
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