初登校する



 寝床があるのはいいことだ。

 翌朝、支給された制服に着替える。

 制服は藍色を基調としたデザインで、男子はズボン、女子はスカートだった。


 部屋を出ると、一番下の階を目指す。寮には食堂があり、昨日の夜も利用したが、今朝も朝食のために行くのだ。


 エイデンと落ち合うと、同じ服装が流れていっている方へ歩く。美味しそうな匂いがする。


「あの目……」

「今年の新入生?」

「あんな子いた?」

「あの男の子、綺麗……何年生?」


 歩くと、周りの視線を感じ、話し声が聞こえてくる。昨日からのことだった。

 リーデリアたちが、前日までいなかった存在だと、彼らは一目で見抜いた。


 リーデリアは初対面で目に注目されることに慣れていた。

 周りがほとんど知った人になれば、久しいことになっていたが、こんな時期は間違いなくあった。

 それに今は、側にいるエイデンにも視線がばらついているので、軽いものだ。


 正体不明の生徒に話しかけてくる生徒はおらず、リーデリアとエイデンはテーブルの一つで満足いく朝食をとった。

 神はこの寮特製のパンが気に入ったようだった。確かにおいしい。


 学院の学舎に行くと、まずは教師と合流した。


「ついてきなさい」


 全ての素質が伸びる年頃というものがある。

 無論、個人に細かな差はあるが、大まかに言うと学院はその頃に合わせて資質を伸ばせるように入学の年齢を設定されているようだ。


 一年生は十一、二歳の子どもが集まる学年だ。

 上の学年になると留年することもあるらしいが、まだこの段階での留年はないようなので、少なくとも留年者はいない。


 しかし入学推奨年齢の下限が十一歳程度であるため、数歳年上の子どもはいるらしい。

 以上が、リーデリアとエイデンの所属クラスの担当教師による情報だった。


 リーデリアは十二、三に見えるようだから、混ざっても違和感はないよという助言だったのかもしれない。


 他の生徒は少し前に鳴った鐘の音で教室の中に入る規則によりおらず、静かな廊下を歩いていくと、一つの教室に着いた。

 ざわざわと、少しだけ話し声が聞こえてくる。


「ここが、所属クラスだ」


 中に入ると、教師の姿に敏感に反応した話し声がぴたり、と止まり、席についている生徒たちの視線がまずは教師に。


 次に、後ろから入るリーデリアとエイデンに注がれる。

 全員、興味津々な目で。


「この二人は、今日からこの学院に通うことになった編入生だ」

「編入生……?」


 聞き慣れない言葉に、ざわざわと話し声が生まれる。


 知っていた通りだが、全員十歳と少しくらいの子どもばかりだ。隣の子や前後の子と何やら話しつつ、目はこちらから離れない。


「全員、静かに。──自己紹介を」


 教室内を静めた教師が、リーデリアとエイデンを促す。

 リーデリアは前を見て、注がれる視線を受けながら、口を開く。


「リーデリア・トレンスです」


 簡潔に挨拶を述べ、口を閉じる。

 静かになる。誰も、喋らない。

 不自然な沈黙だ。


 リーデリアがちらっと目だけで横を見ると、エイデンは視線を物ともせず前を見ていた。


 ……ああ、神には自己紹介などする常識がないか。そうだよな。

 そこで、小さく肘でつつき、囁く。


「エイデン」

「ん?」

「挨拶。名乗るだけでいい」

「分かった。エイデンだよ」


 幸いにも、とにかくにこりと笑えばいいと思っている節のある美少年の微笑みに、編入生に呆気に取られた男子生徒と見つめる女子生徒は、多少挨拶が遅れたことは気にも障らなかったようだ。

 少し、その視線がリーデリアにも向いていたようだが、目によるものだろうから、気にしない。


「リーデリア・トレンスとエイデン・トレンスは姉弟だ。では二人とも一番後ろの席につくように」

「はい。エイデン、行くぞ」


 机の間を通る間にも視線は追いかけてきて、席についたときも、一番後ろの席のはずが、ほとんどの生徒の顔が見える状態だった。

 教師の咳払いで慌てて前を向いていた。


 朝には、連絡事項があれば伝えるためのホームルームがあるらしい。

 ホームルームが終われば、十分後には授業が始まった。


 数学、歴史……と、この辺りは他の学校でも学ぶこともある普通のことだろうが、魔術式について学ぶ授業は魔術師育成特有のものだろう。


 一年生は魔術式を実際に使う授業はないと言われていた通り、授業は魔術式の暗記に留まるもののようだった。


 魔術式に使う文字は普段読み書きに使われているものではない。また、記号もある。

 数学の公式に近い部分があるかもしれない。リーデリアは、魔術式はもちろんのことだが、数学が得意だ。


 また、これは意外だと思った授業の中に、運動の時間があった。体力は大事ということなのだろう。いいことだ。


 リーデリアも師匠にはこき使われた中で否応なしに体力はついていた方だし、弟子にもそうした。いや、別に故意にそうしていたわけではなく、成り行きでなっていたのだ。


 午前の授業が終わると、昼食休憩に入る。


「エイデン、食堂に行こう」


 朝食をとっているように、空腹感がなくても今のところ食べる傾向にあるエイデンに声をかけると、エイデンも立ち上がる。


「と、トレンスさん」

「?」


 声をかけられ、横を見ると、女の子が三人立っていた。


 目線は同じほどで、子どもだと見ているのに、自分もまた今そうなのたということを実感する。


 それはさておき、たぶんクラスメイトだろう彼らに話しかけられるのは初となった。なぜか皆遠巻きにちらちらしていたのだ。


「わたしたちとお昼、一緒に食べない? 食堂へも案内するよ」


 言われてみると、寮の食堂は利用したが学舎の食堂はまた別にあるようで、こちらの食堂の場所を知らなかった。

 教師から食堂があるから昼食はそこで、と教えられて、「場所は分からないだろうから、誰かに案内してもらいなさい」と言われていたことも思い出した。

 教室を出てから、誰かに聞くことになっていた。


 ありがたく申し出を受けて、教室を出た。

 教室を出ると、昼休みということでか、廊下には多くの生徒がいた。


 しかしこの辺りは一年生や下級生の教室が集まっているはずなのに、頭いくつか飛び出る上級生の姿が目立つ。

 食堂への通り道か?


 もはや視線への感覚は麻痺しているので、賑わう街の通りのように、人混みを進んでいく。


「エイデン、流されるなよ。学院内で迷子になるのはさすがに情けないぞ」

「分かってるよ」

「リーデリアさんは、本当にお姉ちゃんなのね」

「え?」


 案内をしてくれている子の内の一人だった。

 彼女は「あっ」と手で口を押さえた。


「呼んでからなんだけど、リーデリアさんって呼んでいい?」

「もちろん。むしろ『さん』はなくていい。好きに呼んでくれるといい」

「ありがとう。わたし、アンナ。さっき自己紹介するべきだったね」


 可愛らしい女の子は恥ずかしそうに言った。あとの二人も名前を名乗り、クラスメイト三名の名前が明らかになった。


「あの、エイデンくん、もそう呼んでいい?」


 頬をわずかに赤らめたアンナは、エイデンをちらちらと見ながら、同じことを聞いた。


「うん。いいよ」


 返事されると、それだけで女の子たちは頬を染めた。

 何が起こっている。


 リーデリアは瞬き、エイデンと女の子たちを交互に見た。さらに、周りで同じような反応が起こっていることに気がついた。

 ……なるほど。神は、皆を魅了してしまったようだ。



 食堂はもっと多くの人で満ちていた。

 ちなみに食堂の利用は無料、寮も無料、教材も無料。私服は支給されないが、制服があれば十分だ。

 意外と食いしん坊なエイデンにはぴったりだろうし、リーデリアとしてもありがたいことこの上ない場所だ。


「リーデリアとエイデン……くんは、双子なの?」

「双子に見えるのか?」

「ううん」


 全く似ていない、という風に彼女は首を横に振った。正直でよろしい。


「わたしとエイデンは双子ではないし、血も繋がっていない」

「そうなの?」


 そうなのだ。

 血が繋がっているように見えるだろうか。


 席について、隣に座るエイデンを見るが、麗しい少年はパンを頬張っても麗しかった。

 これは見た目のせいか、神だからなのかどちらだろう。どちらでもいいか。


 今日一日ではまだまだかもしれないが、エイデンは決められた時間で進行する学院生活が苦にはなっていないようだった。


 リーデリアも学校の類いに通うのは初めてであり、元々この建物が首都に存在していたのかどうかも知らなかったが、今のところ目新しくて新鮮なばかりだった。


 ご飯はおいしいし、寝るところはある。無償で学院に通い、卒業すればまた魔術師になれるのだ。いい環境ではないか。





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