泥棒を試みる
魔術を破るのは、思ったよりも簡単だった。
扉は魔術で壊した。防音したから、音によって起きた者はいないだろう。あとは出るときにまた戻せばいい。
中には棺のような石の箱があり、魔術がかけてあり、鍵穴があり……と、解いて壊した。
「……とんだ雑な泥棒だな」
「魔術を解くのは繊細な作業だぞ、失礼な」
他に箱はなく、神官もこの部屋で剣を見たというのだから、ここにあるのは剣に違いないはずだ。
そして、箱の残骸の中から掘り出したものは。
「これは、見事だな」
それは見事な剣だった。
ごてごてと装飾がされているわけではないが、見事なものだった。
自然と丁寧になる手つきで石を退けていく……と、おかしい。
横にまだ何かある。一本が横たわる隣に、箱の残骸に隠れたものを引っ張り出す。掴んだものは、不思議と手に馴染んだ。
「二本……?」
もう一本、出てきた。
同じもの……ではない。微妙に異なる。
「これほど似ていなければ、偽物では、ない……?」
「何だよ、二本あったらおかしいのか?」
「いや……」
リーデリアは、この剣の存在を教えてくれた神を見た。
「おかしくないよ。元々二本だから」
「そうなのか」
「うん。創世神は二柱でね、男神と女神だったんだよ。だからこそ、お前たちもその形を型どっているというものだ。なぜ二振りあるのかというと、二柱がそれぞれ別々に、人間にも対抗する手段をやろうと考えて、それぞれが作っていたらしい」
「……それで言うと、神々は元は八柱ではなく九柱だったという話にならないか?」
「なるね」
そんな雑な返答。
「とりあえず、そういうわけでおかげで二本、私たちにとっては邪魔なものが出来たということなんだよ」
「邪魔なら、壊せば良かっただろう?」
「壊せないんだよ」
すでに試みたあとか、神は首を振った。
「昔々──お前たちが想像するより随分昔、そんなものを作って創世神がいなくなったと知ったときのことだね。壊そうとした時期もあった」
「壊そうとしたんだな」
「したとも。けれど壊れなかったし、我々には触れられない代物でもあったというわけで」
壊れないなら天上で保管しようとしたのだという。
「触れられないのに、どうやって天上に運んだんだ」
「あー、鳥に布を咥えさせて、その上に置いてもらった」
「鳥が可哀想だな」
細かな知恵を働かせるものだ。
しかしそんな苦労も報われず、勝手に地上に戻っていたらしい。剣が、勝手に。
創世神が、人間のために作ったから、人間のいる地上に根差すようにしたのだろうか。
そうなればもう、地上に置いておくしかない。
だが下手に湖に沈めたり、山奥に仕舞っておくより、こうして神々に刃を向けるはずもない場所、人間が管理することになったそうだ。
「まあ、ほぼすべての人間が神々に刃を向けようなんて思わない世がすぐに出来たんだけど」
「自分たちに有利なように保管させたということだな。……創世神も、どうせなら神々を排除したいと願う人間の元に現れてくれるような仕様にしておいてくれれば良かったものを」
「それは高望みというものだよ。神々を殺そうというのに、怠慢でもある」
怠慢と言われても。
剣を見下ろす。二本、リーデリアの手にある。
「大事なことは、これが本物だということだ。それに間違いはないか、エイデン」
「ない。見たまま」
「それなら良し。ダライアス、これを借りて行くぞ」
「俺に言われてもなぁ」
「そうだったな。勝手に借りる」
手に入れられれば、用はない。
「まさか二本だとは思わなかったから、すり替えが必要になったとき用のものを一本しか用意していない」
ローブの下に隠していたものを取り出す。
何の特徴もない一本の剣だ。
「すり替え用にしちゃあ違いすぎるな」
「今から似せる」
魔術で表面のみの作りを変えていく。
質感は材料が同じでない限り無理で、色も完全に似せるのは無理だ。
この剣、何で出来ているのか。神々が作ったものだから、地上にあるものではない可能性が大いにある。
「そもそも滅多に開けねぇだろうからそのままでもいい気はするけどな。ないって判明したら、ここのことを知ってる奴が疑われそうだが」
「きみもだな」
「発覚するのなんていつか分からねぇし、借りるって言うなら、返してくれるってことだろ?」
「そのつもりだ」
その後は来た道を辿るだけだ。
修復の魔術で箱を隅から隅まで元通りにし、部屋を出て、扉を元通りにし、元々かけてあった魔術も一応元通りにしておいた。
しかしそのうち効力が切れるだろう。
地下を出て、教会自体も出る。
「実に世話になった。どれほどかかるか不明だったところ、こんなにすんなり行くとは」
「俺は道案内しただけだ」
「場所が分からないことが一番の問題だったんだ」
まだ夜で暗いが、持っているものがものなので、早々に退散する。
剣は布で覆い、エイデンは触れることができないらしいので、二本ともリーデリアが持っている。
「あ」
「まだ何かあるのか」
ある。一番の目的は剣だったが、巨大魔術式に必要な基点、教会を借りることだ。
「最後に一つ。国中の主要な教会の敷地を借りたいのだが、ダライアス、どうにかできないか」
「主要な教会って言うと、八つか?」
「そうだ」
中身に反して一級神官たる男は、難しい顔をした。
「いくら主教会の一級神官でも、どうだろうな。首都外の教会なら、敷地に入って多少のことをやってもいいって言ったら従うだろうが、ここは神官長がうんと言わなければ無理だな。念のため聞くが、何のために使う?」
「大規模な魔術の研究のためだ」
「それ、危ないことに一枚噛んでるだろ」
「さてな」
リーデリアは、はぐらかした。
その計画に踏み込んで来ない神官は、聞いただけであって、本当に聞きたいとは思っていないと思う。
「……リーデリア」
「何だ。あ、感謝しているぞときみに言ったかな」
「いらねぇよ。誰が礼を催促した」
そうじゃないと言う男は、真剣な顔つきだった。
「俺は、あんたと考えが似ていると思う。だが、神々を消すっていう考えは、あんたの独りよがりだとは思わないのか?」
リーデリアがうっかり言ってから、そんなことは聞かなかったように流していたダライアス。
そんなことを、言われた。リーデリアは動揺しなかった。
「例えば、どういうところが」
「それによって神々が怒り、人間がたくさん死ぬとか、神々がいなくなった世界が滅びるかもしれないとか考えねぇのか」
隣で神が「後者は、創世神が不在の時点でどうかなとは思うのだけれどね」とのんびり言ったが、少し黙っていてもらう。
「まず、神はいなくならない。その点はわたしも考えた」
神々により支配されている世界だ。
神々を消せばどうなるのか。
心配ない。エイデンは残す。エイデンをちらりと見ると、神は微笑んでいる。
「地上への被害については、そうさせないための研究と、この剣だ。まあ、この際自己満足結構。それでもわたしはやる。独裁者がいれば、クーデターをする。それと同じことだ」
「神々を独裁者呼ばわりか」
言い切ると、神官は声を上げて笑った。
誰か来るのではないかというほどの声でひとしきり笑い、彼はリーデリアを見下ろす。
「そういうこと、考える奴がいるんだなぁ」
「それを聞いて笑う者がいるんだなとわたしは思った」
「お互い様ってか」
最後までリーデリアの言葉を否定はしなかった神官は、夜なのに、リーデリアを眩しそうに見た。
「俺は何も出来ねぇが、あんたは抵抗しようとしてんだな。──目的を達成した暁には教えろよ」
「手紙でも出してやろう」
変わった神官に見送られ、まんまと目的の物を手に入れ、リーデリアは教会を後にした。
荷物が増えたとはいえ、山下りは、山登りより楽ではある。
しかし、如何せん暗い。
魔術で足元を照らしながら歩きはじめ、リーデリアはおもむろに口を開く。
「エイデン、戻る前に話がある」
「何だい?」
「ヴォルフのことで」
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