思い出す
固いもので、頭を打った。
強い衝撃に、頭が揺さぶられ、うめき声が喉から絞り出された。
衝撃と、体は完全に倒れてしまっていて、突然のことに頭が追いつかない。今、何が。
状態を把握しようとするのに、全身に吹き付ける風が嵐のように強すぎて、息さえまともに出来ない。
どうにか目を開くと、ぼやける視界で、傍らに倒れている生徒を見た。見た顔、クラスメイトだ。
次に、背に当たる角のような固い感触に、自分は倒れているのではないと悟る。飛ばされて、倒れる間もなくベンチに押し付けられているのだ。
じりじりと体を動かそうとしていたら、何やら揺れがあり、悲鳴が聞こえた。
足元が、傾いてきている。まさか、今日のために作られたこの舞台、観覧席が壊れたのか。
傾きは、少しで止まる。持ちこたえた。
リーデリアはぼんやりする頭を無理やり覚醒させ、魔術式を発動する。
見えない壁で風を遮り、ようやく風圧から解放されたところで立ち上がれる。
身体中が痛む。全身を打ち付けたからだろう。
「……一体、何だと言うんだ。……!」
周りを見渡し、見たものに絶句した。
さっきまでリーデリアがそうであったように、為す術なく転がり、押さえつけられる姿があった。
今、強烈な風でどこかで堪えていたのだろう生徒が飛んだ。
目の前を通りすぎ、大きな音がした方には、壁に打ち付けられて体が──。
「うるさいわね!」
一度聞いたら忘れられないような美しい声だった。声なのに、美しいという。
だが、リーデリアは鼓膜を直接撫で上げられる不快さを感じた。
そして、リーデリアは上を見た。
──二柱の神がいた
神々とは、しばしば地上に姿を現す。
遠目に空を飛んだりしている姿が、時折見られることがある。
だが、気紛れに姿を現す神々がいるとき、悪いことと良いこと半々で起きるとかいうことを聞いたことがある。
機嫌が良い神が通れば、森中に花が咲く。作物の実りが急激に進む。
反対に、喧嘩など他の神々とやりあっていたり、機嫌が悪い神が通れば、そのあとすぐに嵐がやって来る。「神の喧嘩」という気候の表し方があるくらいだ。
しかし、このように近くに来るのは極めて稀中の稀のはずだ。
リーデリアも、エイデンに会うまでは遠目でしか見たことがなかった。声が聞こえることなんて、まず、稀。
二柱の神は、片方は女神、片方は男神のようだった。両方が例外なく美しい。
だが、感動などない。見とれもしない。
神々は、「喧嘩」をしていた。
何事か言葉をぶつける。それだけで、なにもしていない。はず、なのに、「圧」が周囲に及ぶ。
こういうものを、「神気」とでも言うのだろうか。
片方が、押し負けて地面に落とされた。地震が起きたとでも感じられた。
立っていられなくなるほどの揺れに襲われた。
どうにか堪え、土煙が満ちた舞台を見ると、巻き起こった風によりすぐに晴れた地には一柱。
肌を刺すような空気を感じる。かなり怒っているようだ。
その怒りが伝わったように、かの神の足元の地面が、ひび割れる。
「あれは、神だな。エイデン」
「そうだね」
無意識に話しかけたエイデンは近くにいた。
目は向けなかったが、平然としているだろう。そんな声だ。
彼が影響を受けるはずはないのかもしれない。そんなことは今どうでもいい。どうでも、いいのだ。
「喧嘩もここまでくると、災害では済まないぞ」
リーデリアの声は微かに震えていた。
舞台には生徒がいた。
発表中の生徒がいたのだ。
今もいる。倒れた姿、壁にもたれている、いずれも意識のない姿が見える。
彼らに何をした。彼らがいるのに、何をしている。
周りだってそうだ。
全員、どうなっている。全員、傷ついている。わけも分からず、そんな状況に突き落とされた。
これまでだってそうだ。その癇癪、気まぐれで一体どれほどの人が傷ついた。傷つけてきた。──殺した?
怒りを感じた。そうだ、これは怒りだ。怒りだ。
今、生じたものではなかった。底に沈んでいたものが、また表れたにすぎない。
戻ってきた。
怒り。強くなるばかりの感情が、胸を乱す。荒らす。ぐちゃぐちゃにする。
──ああ、やはり、わたしは許せないのだ
そのために、まだ、ここにいる。この世に留まろうとした。
「だからわたしは、おまえたちが嫌いだ」
人間を容易に傷つける力があるくせに、何も頓着せず、地上に現れてこちらを巻き込む。傷つける。殺す。そして、命を奪ったことに対して何も思わない。
リーデリアは飛んだ。
前に飛べば、落ちる先は舞台だ。魔術で風を防ぎ、魔術で着地の衝撃を無くす。
着地した位置は、神の後ろ。
空中にいる神へ、まだ何事か言っている神の後ろだ。完全に喧嘩。子どもか。
神々とは、子どもの集まりか?
彼らは、一人異なる動きをする人間がいても気に留めなかった。
気にする必要も、視界に入れなくてもいい存在だと無意識から判断しているからだろう。
神の背後で、リーデリアは静かに腕を上げた。
手のひらで宙を撫でると、複雑な魔術式を構成していく。
まずは、この地に縫い止めてやろう。強固な鎖と化した魔術は背後から神に襲いかかった。空から、美しい声が降った。神が振り向く。
神が消えた。
どこに行ったのかは直感で察し、見上げると二柱の神の姿か並んでいた。
風は止んでいた。彼らが喧嘩をやめたからだろうか。
代わりに、神々は敵を見つけていた。
神々の鋭い視線は、突き刺さらんばかりで、威圧感を纏っていた。神に睨まれると、こうなるらしい。
常人であれば、腰が抜けて、死を予知しただろう。
リーデリアには、恐れはなかった。
睨み返し、手元ではすでに魔術を練っていた。ものの数秒で魔術は完成し、手のひらを宙に向ける。狙いを定めれば、魔術の矢が放たれた。
ここの壁にでも放てば、壁が破壊される代物だ。
撃ち落としてやる。逃がしてなどやらない。ここで落とす。絶対に落とす。天には帰らせない。帰らせればまた同じことが起きる。
「止めろ!」
それなのに、阻むものがあった。
横からの衝撃に、体を持っていかれた。
リーデリアは不意討ちに顔を歪め、倒れる瞬間まで空から視線を逸らさず、地面に倒れ込んだ。
すぐさま空を見上げたが、神々は消えていた。どこに。
「お前!」
「……!」
息が詰まった。
胸ぐらが掴まれ、引っ張りあげられた。小さくなった体は容易に浮く。
目の前には、知らない男の顔があった。
「神々に攻撃するとは何事だ!」
怒鳴り声が反響する。
その男性は怒っていた。教師ではないと分かったのは、服装ゆえだ。あの『白騎士隊』と呼ばれていた人たちの制服。
リーデリアが黙って見返していると、地面に思い切り放られた。痛い。
「こいつを捕らえろ!」
「──はっ」
続けて、無理矢理腕を後ろに回され、固定された。立たされる。
視線が、集まっていた。
白騎士隊の怒鳴り声がやけに響くと思った。
風も、何もかも止んだ場所は嵐が過ぎ去った後の空模様のように静かだった。
風が止んでからどれほどの生徒が状況を理解し、リーデリアが神々に魔術を向けたと理解したか。
分からないが、強張った視線はリーデリアに向けられていた。
「移動させて、神の方の記憶を数分程度飛ばして来た。今頃また喧嘩を始めている頃だ……リーデリア」
ふらっと、空気から溶け出すようにエイデンが現れた。さっきまでそこにいなかった。それが分かったのはリーデリアしかいなかっただろう。
エイデンは、連行される途中のリーデリアに目を丸くした。
リーデリアはゆっくりと、彼を見て、言う。
「エイデン、少し、頭を冷やしてゆっくり考え事をしてくるよ」
リーデリアはそのまま、王宮まで連行された。
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