観覧する
最高学年、七年生による成果の発表をする場だというイベントがやって来た。
雨は一昨日に唐突に止んだ。こんなことは、激しい雨のときは珍しくない。
必要以上の雨を降らせていた神の気が変わったとかそういうことだ。
空は静かに晴れていた。青い空は、眩しくて目に痛いくらいだ。
学院の敷地内には、野外ステージが完成していた。
中に入ると、中央のステージを見下ろす形で下から上に、周囲に席が設けられている。
席は、もう制服で埋まりつつあった。
この日は全学年、授業は全てなく、七年生の発表を見る。
このためにこの場所が空けられているのかというほどに広い場所があったものだ。
本来は、魔術の実習で使うらしい。
リーデリアも、他の一年生と一緒に決められた席がある場所に来ていた。
「楽しみー」
「ねー」
期待する会話はすぐ近くからも、周囲からも聞こえてくる。
長いベンチに座って前方を見ると、なるほど、これは意外によく見えそうだ。一年生や小さい生徒でもちゃんと見られるように、配慮されている。
そのとき、斜め方向に、遠くもなく近すぎもしない位置に周りとは区切られた席があることを目が捉えた。
さながら、特別席。
座っているのは……大人だ。
だが、教師のようではない。教師には制服がないが、あの服は何かの制服の類いだ。白に、何か飾りがついた衣服。
飾りが、太陽の光に煌めく。
教師ではなく、学院の他の関係者にも見えない。部外者。
「彼らは、何者か知っているか?」
エイデンとは反対の横にいるクラスメイトに聞くと、クラスメイトはリーデリアが示した方を見て、「あ!」と言った。
「あれは白騎士隊だよ!」
「白騎士隊?」
聞くと、王宮に仕える『騎士』の内、魔術師の騎士で構成された集団のことを言うらしい。
魔術騎士のことは知っていたが、そのような名前だったとは。
リーデリアはそのタイプではなく、魔術式の開発の仕事をしていたから、個人的な知り合いはいつつ、馴染みがなかった部類の人たちとなるだろう。
言われて改めて見ると、制服は見たことがある気がする。デザインに名残が……。
思い込みかもしれない。
「白騎士隊か」
「おれ、騎士隊に入るために魔術師になるんだ」
どうも、魔術師を目指すにもそちら方面を目指す魔術師がクラスメイトの中にはいるようだ。
……男子の方は、そちらの方が多いのだろうか。
リーデリアが示し、隣の男子が声を上げてから気がついた生徒も多く、口々に見ながら目を輝かせている。
イベント前なのに、もう十分興奮している。
「しかし、なぜその白騎士隊というのが、学院のイベントに来るんだろう」
「目ぼしい生徒を見つけるためだ」
答えは、後ろから。
とっさで、体を反らすように後ろを見ると、担任がいた。
教師には教師用の席があるようなのに来たのは、一年生だから様子を見に来たのだろうか。
この教師は、一年生でもそんなに子ども扱いしない口調であったりとするのに、そういうところは気にかける。
まあ、それはいい。
「目ぼしい生徒を?」
「今の七年生は、この先就職に際してほとんどが王宮魔術師となるための試験を受ける。その前に、王宮魔術師が生徒の実力を見に来る。何も『騎士隊』所属の魔術師だけではない」
ただし、本当の試験が全てなので、ここでのことはどんな生徒がいるかといった参考に過ぎないとか。
また特別席の方を見ると、『白騎士隊』と思わしき白い制服以外の衣服の人もいる。
「一年生時ではまだ詳しくは知らされていないが、上級生になるとそれぞれの進路によって学ぶ内容が変わる。──今日のプログラムの中には騎士隊志望の生徒による模擬戦も行われる」
「へぇ」
「これは、単なる行事ではない。あれは七年生時のおまえたちの姿だと思いなさい。よく見て、今からでも自分のやりたい方向を決めることが成長に繋がる」
そうか、これも授業のようなものだ。あれが未来のきみたちだと、示されている。
教師は担当しているクラスの生徒全員に聞こえる声で言い、「はしゃぎすぎないようにしなさい」と言い残して、去っていった。
父親か。
「視察か……」
毎年こうして来ているということになる。
けれど、一年生は初めてだろうから、白騎士隊の姿に興奮するのは無理もない。
一年生の歓喜はそのままに、七年生が主役の舞台は開幕した。
舞台上では、ほとんどがそこそこ規模の大きな魔術が発動される。
複数人の七年生が現れたかと思えば、彼らは順に魔術式を展開する、展開する、展開する……。
その順番通りに、舞台上に一面に白、青、紫、赤、と彩り鮮やかな花が咲いた。
さらにもう一つ魔術式を宙に発動すると、花びらが空から舞い落ちてゆく。素晴らしい光景だった。
「見事なものだな」
この魔術式は作ったのだろうか。元々あったのだろうか。
リーデリアもこの世に存在する全ての魔術式を知っているわけではない。だが、見て、その魔術式は描けるような気がした。
同じように、すでに存在しているものであったとしても、彼らは知らずに、魔術式を一から作ったのかもしれない。
そうだとすれば、彼らは魔術式を単に暗記しているのではなく、理解していることになる。
そういった、暗記するのではなく組み立てかたの類いを記憶に留めた者が、魔術式を一から作るのに向いているのだろう。
例えば、先日会った上級生のようなタイプだ。
アピールとしては、いいアピールになる。
「中々だね」
エイデンは中々よく出来ていると言った口調で言った。
感心してはいるが、自分たちの真似事をよくここまでといった響きを持ってもいた。
彼が花を咲かせようと思えば、魔術式など無しで咲かせてみせるだろう。神とは、そのような存在だ。
だが、魔術には魔術にしか出来ないこともきっとあると思う。
人間にしか必要ないことや、人間にしか思いつかないこと。何だっていい。あると思う。
そうして、七年生による試行錯誤された魔術の発表は続いた。
複数の魔術を組み合わせたり、イベントらしく観客となる人たちを楽しませるためのみに魅せる魔術だったり。色々だ。
間に魔術騎士志望の生徒による模擬戦、教師が言った通りに始まり、リーデリアは感嘆した。
彼らは剣を使っていた。剣技も必須ということなのだろう。普通に打ち合いもしていたが、感嘆すべきはやはり魔術師特有の戦い方だろう。
魔術で、戦う。
戦闘に魔術を使うということは、いかに魔術式を素早く発動させるかの技術が問われる。
また、威力をそれなりのものにしようと思えば、魔力のコントロールも。
リーデリアは魔法騎士ではなかったが、身に覚えはある。ゆえに生徒たちがどのようなレベルかそれなりに分かる。
まだ在学中の身で、魔術の併用に関しては拙いところもあったが、試合は成立していた。
「……そういえば、」
リーデリアの弟子は、魔術騎士に向いていると知り合いに言われたことがあった。
そう聞いて、リーデリアは弟子にその才があるならば伸ばすことを考えないのは惜しいと思った。
弟子に伝えると、弟子は、何と言ったのだったか。
──「その道もありかもしれませんね」と、生意気にも言ったのだ。
彼は結局、騎士の資格を取って、けれど騎士隊に入ることはなかった……。
「すげえ! 見たか今の!?」
「お?」
がたがたと揺らされて何事かと見ると、騎士隊に憧れる男の子が舞台に注目しながら、興奮してリーデリアの肩を揺らしている様子。
落ちつけ。先生もはしゃぎすぎるなと言っていた。
物思いから戻ってきたリーデリアは、舞台を見る。
百年前に置いてきた何もかもに、整理がつく日が来るのか分からない。だが、戻れないからには、生きていくうちに飲み込んでいくしかないのだろう。
ふっと息を吸い込んで見上げた空は、やはり青くて────
────真っ青な一面に目立つ、白い稲妻が光った。
特大の火花のようでもあった。
直視したリーデリアのみならず、誰もが、視界の端にそれを捉えたが、何かとは理解する前。
稲妻が空に弾けた直後、いつかも聞いた地上中に響くがごとき雷の音と、
「何すんのよ!」
何やら怒っているような女神が落ちてきて。
リーデリアは吹き飛ばされた。
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