『目的を掲げよ』
自由を得る
当たり前だが、知り合いはもういなかった。魔術師の最高位中の最高位に位置する席にも、知らない魔術師が座っていた。
リーデリアはヴォルフと再会した日から数日中に魔術師の資格を取り戻した。
全ては、ヴォルフという前例があったがゆえだ。
長く行方不明だった彼の師匠が、不老不死の魔術を使っていたため生きており、帰って来た。
ヴォルフも不老不死の魔術の実例なのだ。そしてそのヴォルフは今、絶対的な権力を持っているようで、その彼が師匠だというのだからリーデリアは師匠だ。
最高位の魔術師の席に戻ることは難しいだろうし、そういった関係の仕事が出てくるのは避けたかったので、リーデリアは地位は戻さなくていいと言っていた。
言っておかなければ、弟子は戻しそうだった。
一等魔術師という、最高位の下の魔術師の地位の証と共に魔術師の証が戻ってきた。
そうした経緯で、ヴォルフ以外には忽然と現れた正体不明の魔術師となったリーデリアは、不老不死の師弟の師匠としてそれなりに話が広まっているらしい。
まあ、リーデリアはほとんど部屋に籠っているし、通路に出ても元々人気が少ないのでほとんど誰とも会わない。
ちなみにエイデンにもこっそり魔術師の証が与えられ、リーデリアの助手とされているため、そこらを自由に歩いている。
彼は、リーデリアの目的を聞いた上で、「頑張って」と言った。
……頑張って、だ。
あの外見のせいでのほほんとしていると思いかけていたが、読めない。神のことなど、読めるはずがない。
「ここはそれほど変わらないな」
王宮や研究棟などの外観自体も変わらないが、久しぶりに来た図書室も変わらない。
蔵書の内容は変化しているだろうが、見た目は変わらない。
魔術師として堂々と歩け、利用でき、何より自由な時間に自由に出歩けることはやはり素晴らしい。
離れてみると、思ったよりもリーデリアには学院生活は向いていなかったと分かった。
今の服装は、学院の服を着るわけにもいかず、新調した。エイデンの分もついでに新調した。
幸い、リーデリアが所有していた財産はヴォルフによって戻された。
一人で図書室内を歩き回る。
「ああ、そうだ」
一応探しにきたものがあったのだった。
こっちだな、と本棚を目指していく。
図書室には魔術関連の蔵書は、別に分けられており、隣に繋がる場所にある。
基本的には魔術師の資格を持つ者にしか利用できないようになっている。
リーデリアがいるのは、入ったところの場所なので、普通の本類が並んでいる。
「……これは、本棚が高くなったのではなく、まあ、わたしが縮んだせいだな」
目的の本を前にして、気がついた。
本棚が、高い。
この背丈、どこまで届くのか。あそこまで届くのか、ぎりぎりいけるような……。
梯子を探すのが面倒で、とりあえず背伸びしてみる。
それでも届かないが、片方の手だけ伸ばせば、どうにか。ほら、指先が…………ちょっと届くくらい。
魔術、使うか。
「あ」
手を下ろす前に、指先が触れた本が抜き取られていった。
「これで合ってますか? 師匠」
それとももっと上の本ですか? と首を傾げたのは、なんと、弟子である。
「合っている。助かったよ、弟子」
本を受け取り、礼を言うが、確かこの弟子は仕事があるはずではないか?
百年前、リーデリアが知る頃とは異なる立場にあるヴォルフだ。
最高位の魔術師としての仕事があり、会議にも出席しなければならないし、魔術騎士としての仕事もある。
最高位の魔術師の責務は知っているリーデリアだが、後者の仕事は知らない。リーデリアは他は魔術式の研究をしていた。
そういえば、ヴォルフの身につける制服は魔術騎士の『黒騎士隊』の制服らしい。
白い服が『白騎士隊』、黒い服が『黒騎士隊』分かりやすい。
「弟子、仕事はどうした」
「師匠の部屋に行ったのですが、いらっしゃらなかったので。聞くとここに向かったという目撃証言が取れたためここに」
「わたしに用か?」
「いいえ、特に。それより、師匠」
用事ではないのか。
何だ? と今度はリーデリアが首を傾げる。
「相変わらず、師匠は俺のことを時々弟子、と呼びますよね」
「うん。前からだろう?」
「いなくなられてみると、もっと名前で呼んでもらってほしかったと感じまして」
「……そうだったのか」
リーデリアも師匠に弟子、と呼ばれたり名前で呼ばれていたりしたことで、それが移っている自覚はあった。
思わぬ告白を聞き、リーデリアはそうか、と善処してみようと頷いた。
「師匠は図書室に何を取りに来たんですか?」
「色々、考えることがあってな。とりあえず地図が欲しかったのだが、わたしの部屋に果たして地図があるのかどうか分からなかった。そこで、どうせなら新しいものが出ているだろうと思って借りに来た」
これだ、と取ってもらった本を見せる。
「それでいいんですか?」
「どういうことだ?」
「もっと本格的な、軍が所有している地図がありますが。本ではないので書き込めもしますよ」
「くれるのか?」
「師匠が欲しいと仰るなら」
欲しい、と正直に言って、じゃあこれは返却だ、と手にしたばかりの本に目を落とす。
「すまないが、これを戻してくれるか」
「はい。──今さらですが、師匠、背が低くなりましたね」
「今さらだな。どうやら、十二歳程度に見えるようだ。思えばヴォルフ、牢でよくわたしだとすぐに認識したな」
こんな年頃の頃、ヴォルフとは出会っていない。
成人してから出会ったから、成人してからのリーデリアの姿しか知らないはずだ。
「顔立ちはそう変わりませんよ」
「そういうものか。まあ、それに目の色は中々の特徴でもあるし、そうだな。しかし、そう言うきみは……そんなに大きくは変わらないようだ」
「変わったところから、戻りましたから」
「ふむ、歳を取ったヴォルフか。少し興味があるな」
不老不死の術式が、頭に過った。
「……」
「師匠?」
じっとヴォルフを見ていると、その顔が傾く。紺色の髪も揺れ、耳元にある輝きも一緒に、……揺れる。
「──弟子、その耳飾り、わたしがあげたものか?」
偶然、目に留まった耳飾り。
どこかで見た覚えがあると思って、思い出した。
ヴォルフは言われて、確かめるように耳元に触れ、それのことだと理解したようだ。
「……覚えて、いたんですか」
「やはりそうか。わたしがあげたものだからな、分かる。だが、もうそれ、効力はないだろう」
とてもシンプルな耳飾りだった。
青い石が、銀色の鎖の先を飾っているだけのもので、あれは宝石ではなく、魔石だ。
魔力や魔術を宿すことの出来る専用の石。
元々迷子用に、はぐれても合流できるよう、ある程度の距離なら居場所が分かるようにとだけ作ったもので、彼と出会った頃から首都の外に出るときは作るのが習慣になっていた。
時が経てば、未使用でも一ヶ月も経たずして自然と使えなくなるもので、百年ともなると言わずもがなだ。
「駄目ですか?」
「駄目ではないが、効力もなければデザイン性もない。つけておくメリットが見当たらない」
大した地位にもついたようで、それなりのものが買えるだろうに。
本音で言えば、弟子は笑う。あまりに柔らかい笑顔だった。
「百年前、師匠がくれた最後のものだったので、妙な愛着が湧きまして」
「……そういうことか。それなら、出世祝いに何か贈ろう。きみがわたしの資産を守っていておいてくれたおかげで、無一文ではないからな」
そうだ、そうしよう。
物で時が取り戻せるわけではないが、せっかくだ。大いに出世した弟子を祝おう。
一方的に約束し、リーデリアはそのうち街に行こうと思った。
「……カルヴァート卿が、笑った」
近くを通った誰かが、そんなことを言った。
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