路頭に迷う
景色は変わったところもあるようで、道も同じくであったが、がらりと全てが変わっているわけではなかったため、家に辿り着けた。
「駄目だ。立ち入り禁止になっている。あれでは廃墟同然だ」
家には入れなかった。それどころか門の中、敷地にすら入れなかったのだ。
随分と古くなったように見える外観を、門の外から見つめる。
誰かが今、住んでいるようではない。
そうであれば、こんな立ち入り禁止の仕方をするものか。
門には鎖、錠。無理に開けようとすれば、魔術が発動する仕組みになっている。普通の泥棒の類いでは分からないだろう。
リーデリアがいなくなってから、この家がどのような扱いになっていたかは分からない。
一度誰かの手に渡ったことも考えられ、今リーデリアの所有物である可能性の方が低い。と言うか、ほぼ確実にそうなっているだろう。
「一応、来てみたが……」
所有者を確かめる以前に、立ち入り禁止とは。
トラップにかからないように無理に入れないことはないが、無理に犯罪者になるのは嫌だ。
家に入ることは断念する。
「お金もない、住む場所もない」
これは困った。
首都に来る道中、第三者によって百年後だと確定されて、ずっと考えていたことだ。
一年程度ならまだしも、百年後となると、家どころか、以前持っていた自分の何もかもの権利がまだ残っているとは考え辛い。
あの空間で百年時を過ごしたらしきリーデリアがその後どのような扱いになったかは分からないが、名前を名乗ろうと、まず知っている人はいないだろう。
不老不死の魔術を使ったとか言っても……どうか。
そもそも元々生きていたと知る人がいないのであれば、意味がない。
考え込んでいると、くぅ、と腹の虫が鳴いた。こういうときにもお腹は減るらしい。
「そういえば、食事をしていない」
そのわりにお腹は減っていない気がする。
よくよく考えると、百年何も口にしていないはずだが……魔術式が思わぬ効力を発揮して、百年後に目覚めていればそれくらいはもう小さなことだ。
それに、捻れようと、元は不老不死を体現しようとした魔術式だ。その効力、不死があるとすれば、餓死は元々しないと考えられる。
……が、不死を明確に分かる形で検証する方法はない。
まあ、一度死にかけて魔術を使って留まったのだ。不死の効果によって阻まれたと考えるのが自然だろうか。
不老の方は、完全に自然に歳が重なることを待つしかない。
とりあえず、生きてみなければ。
リーデリアは大人しくついてきた神の方を見る。エイデンは鎖に触れていた。じゃらじゃらと太い鎖が音を立てる。やめておけ。
「エイデン、きみはお腹は減っているか?」
「お腹が減る?」
「……ああ、分からない感じか。まあいい。何か食べても害があるわけではないだろう?」
「食べることは、時々するからね」
「嗜好品のようなものか。美味しいものは美味しいからな。とりあえず、さっきの通りに戻ろう」
リーデリアは、神と来た道を戻った。
……あの家のあの封鎖具合、重罪でも犯して、没収されたみたいなやり方だったな。
たぶん誰かの手に渡った家。その持ち主は、一体何をしでかしたのだろう。
同じ通りに戻る前に、首飾りを換金した。
賑わう通りでは、食べ物の屋台を探して、小麦を丸めて焼いて、たれを塗ったものを買った。
「ほら」
買った串を、神に差し出す。
食べなくてもいいのかもしれないが、リーデリア一人で食べるのも何だ。
串を受け取ったエイデンが、それを頬張る。
神が何か食べるところなんて、滅多に見られない。供物を捧げているが、あれが直接神の口に入るわけではないだろう。たぶん。
もぐもぐしている神を横目に、リーデリアは屋台の主人に尋ねる。
「駄目元で聞きたいのですが、この辺りにタダで寝起き出来る場所に心当たりはありませんか」
「お嬢ちゃん、しっかりした口の聞き方するなぁ」と言われるが、記憶の限りでは弟子入りしてから師匠の口調が移ってこれなので、この外見年齢でもおかしくはないだろう。
店の主人はうーん、と唸り、考えてくれる。
「魔術師を育成するための学院ならあるよ。あそこは全寮制だって話だからなぁ」
「魔術師を育成する、学院」
以前にそんなものがあると聞いた記憶が甦る。
弟子入りして魔術師になるというルートを辿ったリーデリアには、直接には関係がないものだったので、朧気な記憶だ。
その知識も百年前時点でのものになってしまっているはずだが、まだあるらしい。
「お嬢ちゃんの目、神様の祝福を受けた目だ。そういう子は、立派な魔術師になるっていうじゃないか」
「ああ……」
この目か。
だからこの人は、魔術師の学院を出してきたのだ。
忘れていた。
そういえば商人も、エイデンを見ていたようにじっとこちらを見ていた気がする。
よく目を合わせてくれているなぁくらいに思っていたが、そうだった。
「でも、今年入学するための試験は去年の冬に終わって、春に入学式も終わってしまったよ」
入学時期は完全に逃した。次の試験は今年の冬。ほぼ一年後と言ってもいい。
だが、行ってみる価値はあるとリーデリアは思った。
教えてくれた店の主人に学院の大まかな方向を聞いて、お礼を言った。
「リーデリア、これ美味しいね」
「それならわたしの分もやる。──行くぞ」
エイデンのローブを掴み、学院があるという大まかな方に向かって、人混みの中に突入した。
「それで、学院というところに行くのかい?」
「聞いていたのか。とりあえず学院に行ってみようと思う。途中入学できるのなら、宿を探す手間が省けるし、適当な師でも探すまで暮らせる」
「師?」
「この国で魔術師になるには、魔術師の弟子になるか、学校の類いに通うかなんだ」
リーデリア元は魔術師の弟子となり、学院には通わず師匠に全てを教わった。そして自らも弟子をとった。
「リーデリアは魔術師、というものになるのかい?」
そこからか。
思えば、方針を述べていなかったか。
「わたしは元々魔術師だ。魔術師というのは、魔力を持つ人間が、自然には起きない現象を理論によって組み立てた魔術式によって起こす」
「あー、お前が生きようと使った術、力のことかな」
実に、予想以上に神は人間社会のあれこれを知らないらしい。
それとも単に人間による魔術師という呼称を知らないだけか。
「そうだな。そして魔術師は魔術師という証を賜り、魔術師という立場を証明される。今、わたしにその証はない。無くしたらしい」
四角い記章の形したものだ。と指で大体の大きさを示してみせる。
大きいとは言えない代物で、ちゃんと服に留められるようになっているのだが……濁流の中に飛び込んだときにでも落としただろうか。
「無くしても、確固とした地位を持っていれば再発行してもらうことは難しくない。……だがここは百年経った世界だ。誰にわたしが『リーデリア・トレンス』と言っても、誰だとなるか、ただの同姓同名と言われて終わるかだろう。何しろ、わたしを知る人は、全員この世にはいないだろうからな」
百年、だ。
その時間を理解したようで、まだ飲み込めていない心地だ。
だがそんなことを言っている場合ではない。目下の問題は衣食住。……いや、衣は今着るものがある分、最優先条件ではないか。
「わたしの取り柄は魔術くらいだから、魔術師になるのが一番いい。ということで、また魔術師になるためと、泊まる場所のためまずは学院を目指す」
師を探すのもいいが、時間がかかりそうだ。
魔術師になることが出来れば、お金ももらえるし、住居だってどうにかなる。それまでを
これからの計画を聞いていたエイデンは、「なるほどね」と頷いた。
「きみも、やはり来るのか」
「もちろん」
「受けるのか、試験」
「うん? うん」
学院への途中入学には、試験があるはずだ。
その前に途中入学を受け入れてくれるかが問題かもしれないが、そこは何らかの形で受け入れてもらえる可能性は高いと考えていた。
「……試験とは、どんなものだろう」
普通に入学するなら、これから学んでいく魔術を使えとは言わないはずだ。
途中入学の扱いは微妙というところだろうが、どちらにせよリーデリアは使えと言われれば使えるから問題ない。
卒業までの順調な道筋が見えるようだ。
問題は、全てが未知数の神だ。
「……きみは、わたしの魔術を補完したな」
「?」
いきなり何だ? という顔をされる。
「神は、人間が扱う魔術を使えるのか?」
「お前の言う魔術がどういったものか細かくは分からないけれど、使えるんじゃないかな。お前たちが元としている力は、たぶん私たちの劣化版のようなものだろうし」
「劣化版とは、言うな」
「あー、気を悪くしないでくれ」
「しない。人間が神より優れているはずがないんだからな」
魔術は、自然には起こり得ないことを人間が起こそうとするもの。
神々の真似事とも言えるのかもしれない。
神は容易にすることでも、人間は一つのことを起こすにも、努力や理論を組み立て事象を起こす術式を作らなければならない。
神に出来ることが人間に出来なくてもおかしくないように、人間に出来ることが神が難なく出来ることは何らおかしいことではないと思える。
神とは
だから、この神が人間の『魔術』を使えてもおかしくない。
「座学は、出来るのか」
「座学?」
「数学とか、歴史とか……」
言っている途中で、無理そうだと思った。
数学は未知数だが、歴史は創世の時代、神々のことも含まれるにしても、人間の歴史もある。おまけに細かい。
人間の歴史を神が知っているとは思えない。
人間の世を知らない神様に、教えてやることがありそうだ。
「まあ、何をするにしても、まず学院に入学が可能かどうかを聞かなければならない」
学院の正確な場所を聞くために、リーデリアは通りすがりの人を捕まえた。
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